本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『スポーツビジネス・ロー・ニューズレター(2020/12/4号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

4. 選手代理人制度について

選手代理人制度とは、プロ野球選手が球団との間における選手契約その他選手らと球団との間の権利関係に関する交渉を行う際に、選手から委任を受けた代理人がこれを行う制度をいいます。

 

MLBでは、メジャー契約の選手1200人に対して、選手代理人は300人から400人存在するとされています※15。1人の選手代理人が複数の選手を担当していることを考えると、多くのメジャー選手に選手代理人がついていると考えられます。MLBでは、選手代理人としてMLB球団と交渉等を行うためには、MLB選手会から認証されたMLB選手会公認代理人の資格を取得する必要がありますが※16、弁護士資格のある者が活動している場合が多く、現在、MLBの第一線で活躍しているエージェントは、弁護士資格を有しているか、少なくとも米国のロースクールで法律学を学んでいる場合が多いとされています※17

 

※15 https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/06/12/kiji/20200611s00001007520000c.html

 

※16 CBA ARTICLE Ⅳ、2019年12月4日付「MLBPA Regulations Governing Player Agents」Section 3、Section2(C)参照。

 

※17 例えば、シアトル・マリナーズ所属の菊池雄星選手を担当しているエージェントのスコット・ボラス氏(Boras Corporation所属。過去には松坂大輔選手を担当)は弁護士資格を有しています。また、ミネソタ・ツインズ所属の前田健太選手、シカゴ・カブス所属のダルビッシュ有選手及びタンパベイ・レイズ所属の筒香嘉智選手を担当しているエージェントのジョエル・ウルフ氏(Wasserman 所属)は、Loyola Law Schoolで法律学を学んでいたとされています。


他方で、日本では、2000年にプロ野球選手の代理人制度が導入された際に、球団側が、①選手代理人は日本弁護士連合会所属の日本人弁護士に限ること、②1人の選手代理人が複数の選手を代理することは認めないこと等を導入の条件としたことから、現在、選手代理人を選任しているプロ野球選手は多くないのが実状とされています※18

 

※18 日本プロ野球選手会公式ホームページ参照(http://jpbpa.net/system/problem.html)。これに対して日本プロ野球選手会は、同ホームページにおいて、①MLB選手会公認代理人及び選手会が実施する選手代理人資格試験に合格した者にも選手代理人資格を拡大すべきこと、②代理人交渉ノウハウを蓄積した弁護士の選手代理人が少なく、代理人選択の自由が害されてしまうこと等から、複数の選手を代理することを解禁すべき等の提言・要望を行っています。


上記1.の通り、日本プロ野球選手会が本要望書において、選手に対する経営資料の開示と丁寧な説明等を求めていますが、プロ野球選手が経営に関する知識経験に乏しいこと、球団からの提示額が仮に経営状況を反映した適切な金額であったとしても、減額提示を受けた選手としては冷静な判断ができない場合もあること等を考えると、選手側から合理的な判断資料を提供しつつ、冷静に事務的な交渉を実現できる選手代理人が存在することが、球団及び選手の双方にとって望ましい場合が多いと考えられます※19

 

※19 この点に関しては、(i)年俸交渉において、マイナス面を含めて選手の実績を取り上げられつつ冷静に交渉を進めることは選手にとって容易ではないが、選手代理人が交渉を担えば良い成績も悪い成績も事務的に交渉のテーブルに載せて交渉に集中することができるため、選手・球団側の双方にとってメリットがある、(ii)球団側も選手と直接話すより冷静に話し合えるので良いと前向きに捉える球団担当者も存在する旨が指摘されています(道垣内=早川編著・前掲167頁など)。

5. おわりに

以上の通り、新型コロナウイルスの影響により、プロ野球における本年度の年俸交渉は、2020年の経営状況の反映、来シーズンの試合数減少のリスク分配等の点で、球団と選手の双方にとって、例年にはない難しい問題が生じています。また、上記の通り球団と選手との間の交渉について独占禁止法の適用が肯定されるに至っていますが、米国では反トラスト法(米国における独占禁止法)の適用により、選手の移籍の自由が拡大し、その結果、米国のプロスポーツの発展・拡大に繋がっているという歴史的背景があり※20、また、昨今では公正取引委員会も日本のプロスポーツ界に積極的に介入する姿勢を見せています※21。そのため、今後の年俸交渉においては、公正取引委員会の動向等にも注視しながら、独占禁止法の観点を踏まえた交渉を行うことが、日本のプロ野球界の発展・拡大という観点からも重要になってくると思われます※22

 

※20 川井圭司『プロスポーツ選手の法的地位』(成文堂、2003年)9頁。

 

※21 例えば、公正取引委員会は、2020年11月5日付で、事業者団体であるNPBが、いわゆる「田沢ルール」と呼ばれる申合せを構成事業者である12球団と行い、12球団に対して特定の選手との選手契約を拒絶させている疑いがあり、当該行為が共同の取引拒絶(独占禁止法8条5号、一般指定1項1号)に該当するおそれがあったことから、審査を行っていた旨を明らかにしました(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2020/nov/201105.html)。なお、公正取引委員会は、NPBより上記申合せを廃止するなどの改善措置を自発的に講じた旨の報告を受け、独占禁止法違反の疑いが解消されたことを確認し、審査を終了しています。

 

※22 公正取引委員会は、2019年6月17日付で公表した「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」において、「独占禁止法は、公正かつ自由な競争を維持・促進することにより、消費者利益の確保や経済の活性化を実現しようとするものである。そのことは、スポーツ事業分野についても同様」と明言しています(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/190617_files/190617.pdf)。現状では、上記脚注21記載の事例など、スポーツ統括団体等が定める移籍制限ルール等への注目が高まっていますが、今後、各スポーツの球団・チームと選手間の契約内容についても注目度が高まることが予想されます。今後、各スポーツ界において、各球団・チームが独占禁止法を遵守することで、各スポーツ界における「公正かつ自由な競争」が維持・促進され、各スポーツ界の健全な発展に繋がることになると考えられます。


このような動向等を踏まえると、今後のプロ野球における球団側の法律の専門家の役割や選手代理人としての弁護士の役割は、益々大きくなってくると考えられます。

 

平尾 覚
西村あさひ法律事務所 パートナー弁護士

稲垣弘則
西村あさひ法律事務所 弁護士

北住 敏樹
西村あさひ法律事務所 弁護士

 

 

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