「親が認知症で要介護」という境遇の人は今後、確実に増加していくでしょう。そして、介護には大変、悲惨、重労働といった側面があることも事実です。しかし、介護は決して辛いだけのものではなく、自分の捉え方次第で面白くもできるという。「見つめて」「ひらめき」「楽しむ」介護の実践記録をお届けします。本連載は黒川玲子著『認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌』(海竜社)から一部を抜粋、編集した原稿です。

「姉貴、悪い。俺、帰るよ」またまた弟逃亡!

続・弟逃亡事件

 

じーじは、認知星人のスイッチが入ると一つの事に固執する。

 

引き続き、じーじのお世話係を依頼した弟が、怒りん坊星人に変身したじーじに負けて、逃亡したお話。

 

黒川玲子著『認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌』(海竜社)
黒川玲子著『認知星人じーじ「楽しむ介護」実践日誌』(海竜社)

逃亡当日、弟はじーじに頼まれてなぜか、戸籍謄本を持参してきていた。不思議に思っていたものの、じーじに聞いたらきっとまた面倒くさいことになるだろうと知らん顔をしていたのだが……。

 

「おい、れーこ。この戸籍謄本を持って、満州に行ってくれないか?」
「満州?」
「そうだ、満州だ。山口県の長門市にオヤジ(とっくに亡くなっている)名義の土地があるんだが、それを売却するには、俺の戸籍謄本が必要だからな」

 

「へ! なんで? 弟の戸籍謄本持って満州に行け? 俺の戸籍?」と、頭の中は「?」マークでいっぱいなのだが、ここで、反論するとますます混乱させてしまう。

 

「パスポートを申請するのでちょっと待っていてね」と、その場をやり過ごしてみたが……またまた、事件は起こった。

 

数日後、じーじに呼ばれて弟が来たのだが……。

 

「れーこにいくら言っても、俺の戸籍謄本を取りに満州に行ってくれないから、お前が満州に行ってくれないか?」と、弟に満州行きを頼んでいる。

 

認知星人の取り扱いに慣れていない弟は、とっても真面目に「オヤジの本籍はさいたま市だよ」と答えてしまったからさあ大変。

 

「そんなはずはない、じゃあ満州に行って調べてこい」とご立腹。おまけに、「お前は知らないのか、お前の会社は、満鉄を作った会社だぞ、社長に聞いてみろ」

 

じーじの頭は妄想の世界に突入している。

 

あまりのじーじの怒りに、弟もあの手この手で、なだめようとするが、もう何を言ってもじーじの耳には届かない。

 

「姉貴、悪い。俺、帰るよ」

 

と、またまた弟逃亡!

 

夕飯にはまだ早いが、弟がじーじのために買ってきてくれたお寿司とビールを献上すると、

 

「お! 今日の寿司は高級だなぁ、ネタがいいぞ」とご満悦。「あいつはどうした?」と弟を探すじーじ。「用があるからって早めに帰ったよ」と言うと「あいつは、最近怒りっぽいな、男の更年期か?」って!

 

数分前の怒りはどこへやら、満面の笑顔でお寿司を頬張るじーじであった。

 

黒川 玲子
医療福祉接遇インストラクター
東京都福祉サービス評価推進機構評価者

 

 

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