日本人にとってアートは「一部の愛好家のもの」という認識が強くあります。一方世界、特に欧米では、絵画をはじめとするアート作品は実物資産として富裕層を中心に身近な存在です。またグローバル企業のなかにはアートで美意識を磨き仕事に活かすという流れがあり、富裕層のみならず、一般層にもアートの興味・関心は広がりつつあります。本連載ではShinwa Auction株式会社の高井彩氏が、アートを身近に感じることのできる美術館や展覧会をレビュー。見所や展示されているアートの市場価値などを紹介していきます。今回取り上げるのは、戦後の具象絵画の代表的な画家「ベルナール・ビュフェ」。

大戦直後の世界とビュフェ

本展のポスターやフライヤーには、《ピエロの顔》(キャンバス・油彩/縦100×横81cm/1961年作)が掲載されています。

 

無表情のピエロの正面像で、背景はオレンジを帯びた鮮烈な赤、白塗りの顔に、山型の眉。黒く細長いシルクハットと切り揃えられた髪、異常に細い首には白いリボンが結ばれています。大きく添えられた画家のサインは針で書いたような刺々しさです。

 

そして、太く引かれた黒い輪郭線。この刻み込むような黒線が、生涯に渡るビュフェのアイコンです。

 

ベルナール・ビュフェ(1928-99)はフランス・パリ出身の画家。10歳頃から画家の道を意識し、少年期に第二次世界大戦、ナチス・ドイツ占領による困窮と飢えを経験します。20歳頃に画壇デビュー、以降パーキンソン病による手の激痛などを原因に絵筆と自らの命を絶った71歳まで、生涯で8,000点以上の作品を残したと言われています(同世代の日本人作家には草間彌生、オノ・ヨーコらがいます)。

 

活動初期、1946〜49年(18~21歳)頃、駆け出しの画家ビュフェは、大戦直後のヨーロッパが陥った不安の時代において人々の心を掴みます。

 

直線の爽快さや、寄木細工のようにはっきりと塗り分けられた色面の面白さが視覚的に楽しまれた一方で、人・もの問わず瘦せ細ったフォルム、表情のない登場人物たち、全面に用いられたくすんだグレーや白、平坦に塗り込められ冷たく硬質に見える絵肌には、パリの人々が襲われた不安感・虚無感が反映されていました。

 

この時期、ヨーロッパでは様々な主張や画風を持った作家・グループが乱立し、戦後の社会不安を映した作品が多く発表されました。特にジャン・フォートリエやジャン・デュビュッフェらが取り組んだ抽象絵画の勢力が強まりましたが、ビュッフェはそれらに対抗する具象絵画の旗手として人気を集めます。

 

1950年代後半(当時30歳前後)には日本でもその存在が注目されており、1959年に神奈川県立近代美術館で日本初の展覧会「ビュッフェ展:デッサンと版画」が開催。

 

1963年には、3年余りにわたる交渉の末、国立近代美術館(東京・京都)にて「ビュッフェ展 その芸術の全貌」展が開催され、84作品が紹介されています(主催は日本経済新聞社)。

 

当時の展覧会パンフレットを見ると、「現代画家の第一人者」とコピーがあり、「われらの時代の画家ビュッフェ」と見出しが。当時35歳のビュッフェは、戦後復興も軌道に乗り始めた日本で、世界各国で高評価を得る新進気鋭の具象画家として紹介されました。

 

作品《ピエロの顔》についてもう少し詳しく。

 

ピエロはビュフェが繰り返し描いたモチーフの1つです。ビュフェはピエロについて、「いつの時代も道化じみていますが、道化師は変装したり滑稽にすることによって自分の思いのままに表現することができるのです。つまり自由なのです。」(引用「ベルナール・ビュフェ1945-1999」展(ベルナール・ビュフェ美術館)図録P.186)と語り、自身の顔にピエロのメイクを施して鏡に映しながら描くこともありました。

 

また、本作が描かれた1961年頃はビュフェの転換期です。

 

1958年にシャルパンティエ画廊で開催された展覧会が成功し10万人が来場、生涯のミューズとなるアナベル・シュウォーブとの結婚、長年彼のマネジメントを行ってきたピエール・ベルジェ※1との別れ。様々な出来事により絵にも変化が現れます。

 

黒い輪郭線はより太く、曲線もまた自由に使われるように。絵の具は厚く盛られ、画面に凹凸が現れます。色彩はより鮮やかになり、鮮烈な赤や黄色、青が目立つようになります。

 

それまで冷たく硬質な絵肌に潜んでいたビュフェの熱い感情が解き放たれたように、表現の幅を広げていった、そんな時代の1枚です。

 

※1 ピエール・ベルジェはのちにイヴ・サンローランのパートナーとなり、生涯にわたってイヴを支えることになります。

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