改正相続法を物語で読み解く本連載。物語は、果実業を営んでいた被相続人・寺田信太郎の死亡から始まる。信太郎には息子たちがいたが、正式な畑の後継者はいなかった。長男・真人は父の跡を継がずに就職。転勤族ゆえに「持ち家」への憧れが強く、信太郎が残した畑を売却し、現金化することを考えていた。※本連載は、片岡武氏、細井仁氏、飯野治彦氏の共著『実践調停 遺産分割事件 第2巻』(日本加除出版)より一部を抜粋・再編集したものです。

「父の畑は自分のものになるはず」…二男・祐人の期待

祐人は、今日もみかん畑に出ていた。額から吹き出る汗を一拭きし、小太りした身体を揺すりながら、みかん畑の草刈りに精を出していた。

 

高校2年の頃だろうか。都内の大学に進学した兄の真人が、夜に父親と兄の言い争いをしている声が聞こえてきた。内容は分からないが、父親が一方的に怒っているように聞こえた。

 

そして、数日後、父親から呼び出されて、農家を継いでくれないかと頼まれたが、返事をしなかった。祐人は、その後、小さい頃からの夢だった鉄道会社に勤務したが、毎日畑に出る父親を見ていると、働きながら、農業を手伝うしかなかった。

 

結婚してからも両親と同居し、双子の息子ももうけた。妻も一緒に農業を手伝ってくれたが、愛子との折り合いが良くなく、実家の近くに新居を建てて、引っ越しもした。それでも、一度絡まった糸はほぐすことができず、数年後には離婚した。

 

祐人は、離婚後も農業の手伝いを続け、12年前に会社を退職し、果実業を切り盛りするようになった。キウイ栽培を始めたのも祐人の発案によるものであった。

 

糖度の高い果物を作るために、有機栽培を取り入れたり、地元の農業大学と共同で新しい農法を取り入れたりした。最近は「かいこうの寺田みかん」や「甘クイーン:キウイ」というブランドで販売を始め、お客さんからも高い評価を受け始めていた。和菓子店とコラボレーションして、キウイ大福の試作にも取り組んでいた。

 

みかんもキウイも地域のブランドにまで高めてきた自負はある。はっきりと後を継ぐと言ってあげればよかったと後悔しているが、親父が生きていれば、きっと自分が後を継ごうとしていたのは分かってくれただろう。

 

自分に畑を残してくれると遺言書を書いてくれているに決まっている。

 

祐人は、キウイ畑を見つめた。

父親と不仲だった長男・真人から突然の連絡

「母さん。昨日、真人おじさんから電話があったよ」

 

亜季の息子の利彦が出かけ際に自転車にまたがりながら、亜季に声をかけた。

 

「真人おじさんって、何年も全然連絡なかったけど、どうしたのかしら」

「なんかおじいちゃんの貸金庫の件って言ってたけど、よく分からなくて。こちらからかけ直すって言っておいたから、ちゃんとかけてくれよ」

「分かったわ。それより、大学の方はうまくいってるの? うちは留年なんかさせる余裕ないんだからね」

「分かってるよ。じゃあ行ってくるよ」

 

そう言って、利彦は自転車をこぎ出した。その背中はあっという間に小さくなった。

 

亜季の夫隼人は、利彦が高校生のときに病気で亡くなった。利彦はその当時大学進学を目指していたが、そのショックでしばらく勉強が手につかなくなった。そんなとき、信太郎の励ましから、勉強を再開した。そして、利彦は希望の大学に合格した。

 

亜季はその恩返しの気持ちもあり、それからは、それまで以上に信太郎と愛子の面倒をみるようになった。

 

亜季は、「貸金庫ってお義父さんの貸金庫のことかしら。今日、お義母さんに聞いてみなくちゃ」とつぶやいて、愛子宅に向かった。

 

玄関を開けると泥だらけの男ものの靴があった。

 

誰か来てるのかしら?

 

「そうなのよ。この前、銀行に行ったとき、聞くのすっかり忘れちゃって」

 

愛子の話し声が扉越しに聞こえてきた。

 

「おはようございます」

「あ、亜季さんが来たわ。どうぞ」

 

部屋に入ると真っ黒に日焼けした祐人がいた。

 

「祐人さん、ご無沙汰してます」

「おはよう。亜季さんには、いつもお袋のこと任せっきりで悪いね」

 

祐人は本当に済まなそうな顔をした。

 

「いいんですよ。それはそうと、そこから話が聞こえちゃったんですけど、貸金庫の話? 昨日、真人さんから家にも電話が入ったみたいなんです」

 

「やっぱり。あの子は何を考えてるのかしら。まだ四十九日も終わったばかりだっていうのに」

 

愛子の表情は曇った。

 

「大体兄貴は、自分勝手なんだよ。それで何だって言うんだよ」

「貸金庫を開けるには相続人全員の実印が必要なんだって」

「なんでうちに?」

「利彦君も相続人なんだって」

 

そうだった。

 

「僕らで話していてもらちが明かないから、専門家のところへ一緒に相談に行かないか。高校の友人に弁護士がいるんだ。ちょうどこの前、同窓会で会ったばかりだからさ」

 

あの時、「なんかあったら頼むよ」なんて冗談で言ったけど、まさか本当にお願いすることになるとは。

 

「そうですね。私は金曜日だったらお休みとれます」

「じゃあ、連絡してみるよ」

 

祐人は、そう言うとスマホを片手に廊下に出た。

 

「真人ったら、お父さんが生きている間はほとんど家に寄りつかなかったくせに、貸金庫を開けたいなんて」

 

愛子はため息をついた。

 

「今度の金曜日の午後なら、時間取れるってよ」

 

空にはどんよりとした雲が立ちこめていた。これからを暗示するように。

 

【続く】

 

 

 

片岡 武 

千葉法律事務所 弁護士(元東京家庭裁判所部総括判事)

 

細井 仁

静岡家庭裁判所次席書記官

 

飯野 治彦

横浜家庭裁判所次席家庭裁判所調査官

 

 

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本連載における「改正法」は、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成三〇年法律第七二号)」をさします。

実践調停 遺産分割事件 第2巻 改正相続法を物語で読み解く

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細井 仁

飯野 治彦

日本加除出版

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