
日本の労働法は、労働事件が発生したとき社長を守ってくれない。経営判断をするとき、「これってまずくないか?」と立ち止まる感覚が必要だという。これまで中小企業の労働事件を解決してきた弁護士は、この“社長の嗅覚“を鍛える必要があるとアドバイスする。本連載は島田直行著『社長、辞めた社員から内容証明が届いています』(プレジデント社)から抜粋、編集したものです。※本連載における法的根拠などは、いずれも書籍作成当時の法令に基づいています。
交渉相手として手ごわい「自分が正しい」信念の人
正義を正義として振りかざさない
交渉が難しい相手に対して弁護士としてどう対応するかについて聞かれることがある。交渉が難しい相手とは、「自分が正しい」という信念を持っている人だ。とくに「自分がすべて正しい」と思い込んでいるクレーマーは、交渉相手として手ごわい。

人間は、常に矛盾をはらんだ存在だ。正しい人が悪いこともすれば、悪い人が正しいこともする。完璧に正しい人など考えられない。人には「自分にもなにかしら問題があるかもしれない」と謙抑的なところがあるからこそ、譲歩による交渉が成り立つ。「自分が正しくて相手が間違っている。一歩も譲れない」では問題の解決になるはずがない。
たとえば、会社のカネに手をつけた社員は誰が見ても悪い。さりとて、その社員の悪行を社長が一方的に批判して追い込むことで、果たして問題が解決するだろうか。かえって恨みを買ってしまうだけの場合もあるのだ。
労働事件でもめることが少ない社長は、正義を正義としてかざすことの危険性を本能的に理解している。相手にどれだけ非があっても一条の赦しを与えることが問題の拡大を防止することになる。
交渉で大事なのは「相手の顔を立てる」姿勢
交渉において大事なのは、細かな技術論よりも「相手の顔を立てる」という姿勢だ。これは労働事件においても同じである。
社長は、社員に対して、とかく「雇ってあげている」という意識がどこかにある。こういった意識は態度や言葉に自然と滲んできて、社員との交渉で反発を受ける原因になる。労働契約において、社長と社員は常に対等な関係だ。「雇ってあげているのに、その態度はなんだ」などと社長が口にすれば、すべての努力が水の泡になる。
人の扱いがうまい社長は、自分の要求を主張しながらも相手の顔をつぶさないように細心の注意を払っている。社員の問題点を指摘するときも、問題点のみならず、評価できる点も必ず指摘している。
あるサービス会社に、性格はいいのだがどうしてもミスが減らない社員がいた。取引先からのクレームも続いたので、社長は退職を勧めることにした。そのとき社長は、次のように説得していた。
「あなたには評価できる点もある。でも、この職場ではその長所をうまく活かせない。それは僕の責任でもある。別の場所であれば、きっと能力を活かせるだろう。あなたの能力を活かせる場所をいっしょに探してみよう」
その社員は納得して転職していった。労働問題を実際に発生させないためには、こういったフォローが大事だ。
島田 直行
島田法律事務所 代表弁護士
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