ウイスキーの本場といったらどこを思い浮かべるだろうか? イギリス、アメリカ――それだけではない。今、日本のウイスキーの評価はうなぎのぼりで、世界中の賞を総なめにしている。だが、肝心の日本人はその事実を知らない。しかし、それではもったいない――ウイスキー評論家の土屋守氏はそう語る。ここでは、ウイスキーをもっと美味しく嗜むために、日本のウイスキーの歴史や豆知識など、「ジャパニーズウイスキー」の奥深い世界観を紹介する。本連載は、土屋守著書『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』(祥伝社)から一部を抜粋・編集したものです。

蒸留器の歴史を変える三郎丸蒸留所─富山・若鶴酒造

富山県の若鶴酒造は、「若鶴」「苗加屋(のうかや)」などで知られる老舗(しにせ)のつくり酒屋です。地ウイスキーブーム時代には「サンシャインウイスキー」もつくっていましたが、ほかの地ウイスキーメーカー同様に、2000(平成12)年以降は操業を停止していました。

 

しかし、五代目の稲垣貴彦(いながきたかひこ)さんが中心となってウイスキーづくりを再開。三郎丸(さぶろうまる)蒸留所をオープンします。当初は、サンシャインウイスキーの製造に使われていた焼酎用のステンレス製蒸留器を、一部銅製に替えて使っていました。ところが、より本格的なウイスキーを目指して、2019年に新しい蒸留器を導入。

 

この蒸留器が今、ウイスキー関係者の間で大変な話題となっています。従来の鍛造(たんぞう)ではなく、鋳造(ちゅうぞう)の蒸留器だからです。鋳造のウイスキー蒸留器は、世界で三郎丸蒸留所にしかありません。一般に、蒸留所のシンボルともいえる蒸留器は、伝統的に銅製です。銅には蒸留過程で発生する硫黄(いおう)臭などの不快成分を取り除き、エステルというフルーティーな香り成分をもたらす働きがあります。ゆえに、ウイスキーの単式蒸留器は銅製と相場が決まっていたのです。

 

加えて、銅製蒸留器はこれまで、銅板金を使った鍛造しかありませんでした。金属の加工法には大きく鍛造と鋳造があります。鍛造とは、金属の板を叩くなどして大きな力を加えて成形する加工法です。鋳造の場合は、溶かした金属を型に流し込んで成形します。蒸留器のように大きなサイズのものを鋳造でつくるのは技術的に難しく、したがって、これまで鍛造製一択となっていました。

 

現在、国内のクラフト蒸留所を訪れると、イギリスの老舗企業フォーサイス社製、ドイツのカール社製、アーノルド・ホルスタイン社製、ポルトガルのホヤ社製、イタリアのバリソン社製、国内の三宅(みやけ)製作所製などさまざまな蒸留器を見ることができますが、いずれも鍛造です。鋳造は一つとしてありません。

 

ただ、鍛造蒸留器には課題もあります。蒸留器の銅は使用しているうちに徐々に薄くなるため、耐用年数を上げるには銅を厚くするほかありません。しかし、鍛造で加工できる銅の厚みには限界があり、およそ20~30年という蒸留器本体の寿命をこれ以上伸ばすことはできないのです。それが、鋳造の蒸留器の誕生によって変わりつつあります。世界唯一の銅鋳造の蒸留器は、梵鐘(ぼんしょう)メーカー・老子(おいご) 製作所との共同開発により誕生しました。

 

富山県高岡(たかおか)市に本社をかまえる老子製作所は鋳造のトップメーカー。高さ5mにもおよぶ大きな梵鐘や、身長13mの仏像など、大型の鋳造を得意としています。三郎丸蒸留所の新しい蒸留器は高さ5m。これが2基並ぶ様子は実に壮観です。稲垣さんが鋳造の蒸留器を思いついたのは、古い蒸留器の修理先を探していたときだったといいます。

 

「古い蒸留器を修理できる鍛造メーカーがなかなか見つからず、『なぜ蒸留器は鋳造ではだめなのだろう』と疑問に思ったのがきっかけでした。高岡は古くから鋳物(いもの)産業で栄えた街です。だったら、鋳造で蒸留器をつくれるメーカーがあるかもしれない。そう考えたんです」

 

地元で長く続くつくり酒屋の家に生まれ、土地の産業に精通していた稲垣さんだからこそ、持ち得た発想といえるでしょう。鋳造で蒸留器をつくるメリットは数多くあり、まず、鍛造よりも銅を厚くできるので蒸留器の耐用年数が伸びます。加えて、製造期間が鍛造より短く、一度型をつくってしまえば同じ型の蒸留器を量産できるのも利点です。

 

量産すれば当然コストが下がりますから、大手のように潤沢(じゅんたく)な資金がないクラフト蒸留所にしてみれば願ってもない話でしょう。また、味の違いにも期待が持てます。鋳造蒸留器で蒸留したニューポットを飲ませてもらったところ、通常のニューポットとは明らかに酒質が違ったのです。

 

鋳造蒸留器は砂型に流し込んでつくります。そのため、蒸留器の表面には肉眼では見えない小さな凹凸が無数にあり、アルコール蒸気と銅との接触面積が鍛造製よりも増えるのです。結果として、不快成分を取り除き、フルーティーな香り成分をもたらす銅製蒸留器の作用がより強く出ているのではないかと、稲垣さんは推測しています。

 

さらに、鋳造の場合は銅100%ではなく銅合金となります。三郎丸の蒸留器の配合は、銅90%、錫(すず)8%、亜鉛2%。錫には古来、酒をまろやかにする効果があるといわれます。この錫の効果でしょうか、三郎丸蒸留所のニューポットは通常のものよりも格段にまろやかでした。このまま熟成がうまく進めば、世界に二つとないウイスキーになるでしょう。

 

三郎丸蒸留所の鋳造蒸留器は、長らく続いてきた蒸留器の歴史を塗り替えてしまうかもしれません。

 

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土屋 守

ウイスキー文化研究所代表

ウイスキー評論家

 

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