「手術が好き」ただそれだけだった…。新人外科医が見た、壮絶な医療現場のリアル。※勤務医・月村易人氏の小説『孤独な子ドクター』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、連載していきます。

「突っ立っていないで手伝えよ」上級医の言葉に…

結局、今日は間に合わなかったが、本来は手術に入る外科医の一番下の者が、患者さんが入室する前に手術室に入って準備を手伝い、タイムアウトを行う。つまり、自動的に僕は全ての手術でこの仕事を担うことになる。

 

タイムアウトとは、手術や麻酔などの直前に行われるもので、患者さんの氏名や術式、麻酔法などを、その場のスタッフ全員で共有し、患者の取り違えなどのミスを防止するための確認作業だ。

 

麻酔前タイムアウトを終え、患者さんに全身麻酔がかかると、体位変換チェックや術野(じゅつや)の消毒などを行い、手術の準備を進める。手術中、患者さんは長時間同じ体勢となるため、褥瘡(じょくそう)(床ずれ)ができないようにクッションを置いて、体位を変換してもずり落ちないように固定する。

 

「突っ立っていないで手伝えよ」

「すみません、代わります」

 

そう言って上級医と代わろうとすると、今度は「これはおれがやっているからいらないだろ。ほかのことをやれよ」と言われる。僕たち専攻医はここでも率先して準備をしなければいけないのだが、この時すでに外科医は僕を含めて3人揃っているため人手は十分にある。

 

気を抜いているとすぐに仕事を取られてしまい、やることがなくなってしまう。全員が何かしらの仕事をしている慌ただしいこの空間において、下っ端の自分が手持ち無沙汰であることが一番辛い。しかし、まだまだ慣れていない僕は次にすべきことが分からず、その状況に陥ってしまうことも多い。

 

「では、手洗いに行ってきます」

 

準備が整うと、僕たちは手術室の廊下にある手洗い場に向かう。普段の手洗いとは違い、専用の洗剤で指先から肘上までを入念に洗う。

 

洗ったら水滴をきれいに拭き取って、アルコール消毒をする。こうして自分の前腕を滅菌状態にするのだ。

 

「この患者さんは、皮下脂肪が多いから、苦労するかもな」

「CTで見る限り、血管は素直な走行だと思うんですけどね」

「開腹手術歴もあったよね」

「はい。帝王切開を2回、経験しています」

「じゃあ、お腹の中が癒着しているかもね。そういえば今度の学会発表の準備は進んでる?」

「情報はある程度集まったのですが、なかなかうまくまとまらなくて」

「そうか。今週、もう一度見せてくれる?」

「分かりました」

 

手洗いの時間に、軽い会話が交わされることが多い。これからの手術に関する専門的なこともあれば、世間話などの雑談であることも多い。

 

僕は血管の走行も学会のことも良く分かっていないため、手洗い中の会話には大概入れない。仕事がないのが辛いのと同様、会話に入れないのも辛い。

 

確かにその場に存在しているのに、無視されているように感じてしまう。仕方なく自分の手をきれいにすることに専念する。

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孤独な子ドクター

孤独な子ドクター

月村 易人

幻冬舎メディアコンサルティング

現役外科医が描く、医療奮闘記。 「手術が好き」ただそれだけだった…。山川悠は、研修期間を終えて東国病院に勤めはじめた1年目の外科医。不慣れな手術室で一人動けず立ち尽くしたり、患者さんに舐められないようコミュニ…

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