ウイスキーの本場といったらどこを思い浮かべるだろうか? イギリス、アメリカ――それだけではない。今、日本のウイスキーの評価はうなぎのぼりで、世界中の賞を総なめにしている。だが、肝心の日本人はその事実を知らない。しかし、それではもったいない――ウイスキー評論家の土屋守氏はそう語る。ここでは、ウイスキーをもっと美味しく嗜むために、日本のウイスキーの歴史や豆知識など、「ジャパニーズウイスキー」の奥深い世界観を紹介する。本連載は、土屋守著書『ビジネスに効く教養としてのジャパニーズウイスキー』(祥伝社)から一部を抜粋・編集したものです。

ニッカのピュアモルトのコピーは「超ストレート」

現在人気のシングルモルトとは、単一の蒸留所のモルト原酒を混和したウイスキーをいいます。1976(昭和51)年に三楽オーシャンが、サントリー、ニッカウヰスキーに先駆けて「軽井沢」をリリースしましたが、依然として主流はブレンデッドでした。しかし、グリコ・森永事件が世間を震撼(しんかん)させた1984(昭和59)年、ブレンデッドの強力な牙城(がじょう)を崩すべく、二つのシングルモルトが誕生しています。それが、サントリーの「ピュアモルトウイスキー山崎」と、ニッカウヰスキーの「シングルモルト北海道」です。どちらも特級ウイスキーでした。

 

サントリーの二代目佐治敬三社長は、「価値観が多様化する時代には、個性の強いシングルモルトが好まれる」との考えから、ピュアモルトウイスキー山崎をリリース。その味わいは華やかで奥深く、日本人好みでありながら、はっきりとした個性が感じられるものでした。この風味にたどり着くために、当時のチーフブレンダーは実に2500丁の原酒樽を利き酒したという逸話が残っています。

 

なお、当初サントリーでは、シングルモルトではなく「ピュアモルト」という呼称を使っていました。シングルモルトという呼称がまだ一般的ではなかったからでしょう(現在は、ピュアモルトといえば主にブレンデッドモルトを意味します)。

 

一方のシングルモルト北海道は、創業50周年を記念して発売されたニッカウヰスキー初のシングルモルトです。余市蒸溜所で製造され、12年以上熟成されたモルト原酒のなかから特にすぐれた原酒を選んでつくられたシングルモルト北海道は、容量700mlで価格は1万2000円。高価格が災いしたのか、ニッカウヰスキーの二代目竹鶴威社長は「当時はさほど人気があったわけではなく……」と述懐しています。売り上げは振るわなかったにせよ、この時期に、サントリーとニッカウヰスキーがシングルモルトを発売した意義は非常に大きかったといえます。

 

この1984年ころ、ジャパニーズウイスキーが手本としていたスコッチは冬の時代を迎えていました。消費量は激減し、蒸留所はどこも経営難状態。閉鎖を余儀なくされた蒸留所もありました。スコッチの窮状を、佐治社長も威社長も当然知っていたでしょう。ジャパニーズウイスキーも、いずれスコッチと同じ道をたどるかもしれない──。そんな経営者としての勘が、シングルモルトという新しい一手に取り組むきっかけとなったのではないでしょうか。

 

同時期のスコットランドでは、シングルモルトはほとんど出回っていませんでした。1963年にグレンフィディックが世界ではじめてシングルモルトを発売こそしていますが、明確にスコッチのシングルモルトが知名度を獲得するようになるのは1987年以降。スコッチ業界の最大手UD社(ユナイテッド・ディスティラーズ社)がクラシックモルトシリーズという、シングルモルトをリリースしてからです。

 

つまり、シングルモルトをプッシュし始めたのは、日本のほうが早かったということになります。もし、この時期にシングルモルトというタネがまかれていなかったら、2008(平成20)年以降のジャパニーズウイスキーのV字回復はなかったかもしれません。

 

さてこの1984年、ニッカウヰスキーはもう一つ、「ピュアモルト」をリリースしています(こちらはブレンデッドモルトです)。ブラック、レッド、ホワイトの3種類があり、ブラックは余市蒸溜所のモルト、レッドは宮城峡蒸溜所のモルト、ホワイトはスコットランドのアイラ島のモルトが主体でした。

 

当時の宣伝コピーは「おいしいウイスキーを知っています。」と実にストレート。ボトルデザインも洗練されていて、首が短い丸形のボトルにシルバーのキャップ、製品名や製造元が簡潔に書かれた模造紙色のラベルは、無印良品の製品を彷彿とさせます。ウイスキーとしては珍しいシンプルなデザインに惹かれ、手に取った若い世代も多かったようです(実は私もその一人で、3本を買って飲み比べたりしていました。ホワイトだけが、どうしても好きになれませんでしたが)。

 

※次回は1985年から1989年のウイスキーの歴史と広告の歩みを紹介します。

 

 

土屋 守

ウイスキー文化研究所代表

ウイスキー評論家

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