景気低迷、コロナ禍、少子高齢化・多死社会の到来…。悩み多き現代、心を健やかに保つには、周囲の人たちとの絆だけでなく「お互いを支える技術」が大切です。ここでは、医師として終末期医療、緩和ケアの第一線で活躍し、患者やその家族と深い信頼関係を築いてきた筆者が、相手に寄り添い信頼関係を深める対話術、「傾聴」を軸としたコミュニケーションスキルを紹介します。※本記事は、『傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める』(大和書房)から一部抜粋・再編集したものです。

「ここまではできる」「これ以上はできない」を明確に

②かける時間と労力は事前に決めておく

 

苦悩者は藁にもすがる思いであることもしばしばです。聴いてくれる人がいれば、その方に全体重と全苦悩を預けてこられるかもしれません。しかし先述したように、それを一人の力で支えることはかなり難しいのです。

 

ありがちなのは、一度聴いたという責任感を強く持っている援助者に、苦悩者がどんと体を預けてこられて、援助者が身動きできなくなってしまう、という事態です。具体的に言うと、何度も「XXさんに話を聴いてほしい」「XXさんでないとだめなんです」とある種依存のような関係を形成してしまうようになることです。

 

それを避けるには、「ここまではできる」「これ以上はできない」という線引きをはっきりしておくことです。それをせずに、何とか助けたいという気持ちだけで突っ走ると、いつかその重さに支え切れず、一気に手放す(突き放す。あるいは苦悩者を一転、攻撃する)という結果になり、逆に不義理なのです。

 

誰かを支えたいという方は、その義理堅さから、できるだけ話を聴いてあげたい、と思うものです。しかし誰しも24時間しかありませんし、誰かに割ける時間は定まっています。際限なく誰かのために時間は割けませんし、依存を作ってしまってもその方のためにはなりません。

 

それを避けるために、「今日は1時間聴こう」「3回聴いて、苦しさが全然変わらないようだったら、次は○○さんに助けを求めよう」などと自分の中でラインを設定し、またそれを上手に苦悩者にも伝えることです。例えば「今日は1時間聴けるね」(1時間しか無理ですよ、ではなく、これも上手に伝えることです)、「何回か聴いても気持ちが晴れなかったら、専門の人に相談してみるようにしましょうか」などです。

 

もちろん、そのお伝えしたラインを越える時は、「すみません、今日は時間なので、また今度にしますね」と伝えて、傾聴を終わらせます。一見不義理に見えるかもしれませんが、援助者が抱えきれなくなってしまって投げ出してしまったら結局その方は救われません。バランス良く考えてゆく必要があります。

 

また余命があと1~2か月と限られているような方はともかく、通常の苦悩者の場合において、できるだけ相手のお話を否定せず聴くことは重要ですが、明らかに問題である行動や、反社会的な言動などにははっきり「それが良くないことであること」を伝えても良いでしょう。

 

例えば、仕事をずる休みしてしまうようになったりする時には「それは止めたほうが良いと私は思います」とお伝えしたり、援助者の存在に甘えて「お前になんか俺の気持ちはわからないんだ!」と強い言葉でおっしゃるような時には「わかりたいと私は思っています。けれどもあまりにそういう状況だと、私ももうお話をすることができません」と穏やかにお伝えしたり、などがその対応となるでしょう。

 

基本的には「あなた」を主語ではなく、「私」を主語にして、私はこう思う、ということを伝えたほうが相手を刺激することは少ないとされています。「私は、それを聴いて残念だ」「私は、このような形だとお支えすることができない」と私を主語にして伝えることです。

次ページもし相手が「うつ病」なら、傾聴では対応できない
傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める

傾聴力 相手の心をひらき、信頼を深める

大津 秀一

大和書房

相手が元気になる「聴き方」。医療・介護現場のプロが必ず実践している、本当の「聴く力」とは? ●大切な人の悩み相談に真剣にこたえている ●自分なりに一生懸命アドバイスもしている なのに、相手が元気にならない……

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