新型コロナウイルスの猛威は衰えを知らず、第2波、第3波の到来も危惧される状況が続く。この時勢、パンデミック客船「ダイヤモンド・プリンセス」の実態を告発した神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授が提言する「病の存在」は、まさに今議論されるべき事柄と言えるだろう。本連載は、岩田健太郎氏の著書『感染症は実在しない』(集英社インターナショナル)から一部を抜粋した原稿です。

「何千年も継承」は、漢方の正当性を保証しない

とはいえ、漢方薬がダメだと私は主張する気はありません。現段階で漢方薬が医療においてどのくらい貢献してくれるものなのか、私にはわかりません。この「わからない」という謙虚な認識こそが大事なのだと思います。不明な部分があるのをほったらかして、「漢方は何千年も継承されてきたから正しい」と主張するとおかしなことになります。「漢方薬が効かないことがある」という話があるとき、返ってくる反論に「それはその薬が効く証(しょう)ではなかったのだ」というのがあります。

 

証というのは、漢方医療における患者さんの特徴づけ(キャラクタリゼーション)を言い ます。例えば、「この人は体が弱い虚証だ」のように使われます。で、「証に合った漢方薬を使えば効くはずなのだが、効かないのは証が合わなかったせいだ」という説明がなされ るのでしかし、こう主張してしまうと、漢方薬は完全無謬な存在になってしまいます。無謬な言説には意味がありません。

 

「証が合わなかったから効かない」というのは、要するに 「この患者さんはこの漢方薬が効かない患者さんだから効かないのだ」というトートロジーと同じになってしまいます。完全無謬の後出しじゃんけんです。ですから、このような論理でもって漢方医療の正当性は証明されないと私は思います。

西洋医療も東洋医療も「正しく」はない

繰り返しますが、私自身外来でよく漢方薬を処方しており、決して漢方医療を非難した り否定したりするつもりはありません。私がここで言いたいのは、漢方が「正しい」「間 違っている」という文脈で議論することは無意味だということです。そして、「何千年も 前からあるから正しい」というのは論拠に乏しいということも。ですから、漢方が正しい 医療か間違った医療か、そういう切り口では議論しても答えは出ないのですが、わからないにもかかわらず漢方薬を処方する、という態度がおそらくはもっとも妥当な態度なのでしょう。

 

なお、全く同じことが西洋医療についても言えます。漢方をひとつ例に取ってみました が、それは東洋医療がいい加減で、西洋医療が正しいという意味ではありません。「正し い」西洋医療というものは存在しません。「正しい」「間違っている」という文脈で切って しまうとこれは信念対立に陥ってしまいます。正しいか、間違っているか。この文脈をまず捨てて、「目的に合致しているか」「正当な価値交換が行われているか」が吟味されれば、 東洋医療であれ、西洋医療であれ、その妥当性はある程度担保されるのではないでしょうか。

 

 

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