エイズ患者に「タバコをやめなさい」と医師が言えなかったワケ

新型コロナウイルスの猛威は衰えを知らず、第2波、第3波の到来も危惧される状況が続く。この時勢、パンデミック客船「ダイヤモンド・プリンセス」の実態を告発した神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授が提言する「病の存在」は、まさに今議論されるべき事柄と言えるだろう。本連載は、岩田健太郎氏の著書『感染症は実在しない』(集英社インターナショナル)から一部を抜粋した原稿です。

苦難のエイズ患者…至福のタバコを医者は奪えるか

この話を書いていて思い出した患者さんがいます。ニューヨークで診ていたレズビアンの女性で、進行したエイズの患者さんでした。PMLと呼ばれる脳の病気、リンパ腫と言われるがんの一種、肺炎、脳炎などエイズの合併症のオンパレードで、正直助からないんじゃないかと病棟で思っていた重症患者さんでした。

 

それでも死線を乗り越え、なんとか安全域まで免疫細胞を取り戻すことができ、外来で通院するようになったのです。たくさんの薬を飲み、しょっちゅう私の外来にやってきて、お金もなく、仕事もなく、病気の合併症で歩くことも困難な、つらい立場にいる患者さんでした。この方が、「こんなにつらいことばかりの人生だけど、タバコだけがあたしの楽しみ」と1日1箱吸っていたのでした。私には、「体に悪いから、タバコはやめなさい」とはとても言えませんでした。

 

通俗的には人間の幸せの根拠となる事物をほとんどすべて失ってしまった彼女にとって、タバコはただひとつ残された幸福の源泉のように見えたからです(もちろん、非通俗的には彼女は大切なものを他にもたくさん持っていましたが。例えば、エイズという病気を持ってそれとまっとうに対峙していることなど)。医療を患者さんの目的・関心から逆算した価値との交換作業であると解釈すれば、この方にとっての禁煙指導は意味の小さいものであると感じたのでした。

 

喫煙者が肺がんや心筋梗塞になると、医療費を膨大に消費する。医療費の多くは税金や公的医療保険などの公共のお金をプールしたものですから、これはみんなのお金を無駄遣いしている、だから喫煙は許容されない……。こんな意見を聞くことがあります。「公共の資源を自業自得の喫煙者に用いるのはけしからん」というわけです。

 

このような議論を必ずしも否定するものではありません。しかし、医者という私の立場からはこのような感じ方はしたくないなあ、と思っています。医者は、患者の苦痛や苦悩や病気が自業自得であれ、そうでない理由であれ、それとは全く無関係に支援する立場の人間だと私は信じているからです。

 

医者の仕事は、患者さんの道徳観念や社会性を判定することではないと思っているからです。どのような理由であっても苦痛や苦悩や病気に対する価値交換を求めてきた場合、全力を挙げて、目の前にあるリソースを活用して、その価値交換を達成するよう尽くすことだと思っているからです。これは私のプロとしての矜恃です。

「高い事故リスクのため自動車禁止」はアリ?

大抵の感染症は他人への感染性を持っています。社会正義という観点から言いますと、梅毒やエイズの患者さんが「それと知りながら」コンドームを付けずに他人とセックスをしたり、痰から結核菌を出している患者さんが「それと知りながら」あちこち闊歩して他人に結核をうつしたりすることは、これは許容されることではないでしょう。

 

けれども、「他人に迷惑をかけない」という条件を満たした範囲内で自分の価値観と合致しない場合、その医療は目的を果たしているかという一考察は、やってみるべきだと思います。少なくとも、一義的にそこに病気がある、だから治療とか、それが総死亡率を減らす、だから治療とか、逆に死亡率を減らしたりはしない、だから治療しない、などと「決めつけて」はいけないように思います。

 

例えば、自動車の運転は体に悪い、健康に害を与える行為でしょう。運転をすることにより、例えば交通事故による死亡のリスクは増しているはずです。その証拠に、これが自動車保険に入る理由の1つとなっています。自動車の運転が事故のリスク、事故死のリスクの全くない行為であれば、自動車保険の存在理由の大きな部分が失われてしまいます。では、自動車の運転は健康や長寿という観点から禁止されるべきか。

 

たぶん、大抵の人はそのような議論をバカバカしいと笑うでしょう。大抵の人にとっては、これは価値の交換作業がうまくいっていない滑稽な考え方だからです。ただし、そのような価値観を持つ人が「おれは事故が怖いから車は絶対運転しない」という判断をすることも、またまっとうな考えだと思いますが。

 

長寿を唯一の価値とする場合、自動車の運転も飛行機に乗るのもやめたほうがよいということになります。もちろん、それも考え方の1つでしょう。でも、大抵の人はこのような考え方を奇異に思うのではないでしょうか。でも、「病気を認識したら全部治療」という考え方の構造は、こういうやや奇異な考え方と同じなのではないでしょうか。

 

あらゆる部分で、私たちの生活はリスクに満ちています。そして、私たちはそれと知りながら病気を含めたリスクを甘受して生きています。タバコを吸う、酒を飲む、寝不足、過労、ストレス(そして人付き合い!)、カロリーの過剰摂取、過度のダイエット、運動不足、運動のしすぎ、すべて健康に対してある程度の害があるでしょうが、トレードオフと して別の価値(個人にとって大切だと信じることのできる価値)と交換しているから、そのリスクは許容されていると言えます。

 

どの程度のリスクがどの程度まで許容できるかは、これは個々の判断によるものとしか言えません。大切なのは、リスクに対する「程度」の情報が十分に提供され、理解されていることでしょう。

神戸大学病院感染症内科 教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学病院感染症内科診療科長。著書に『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)、『感染症は実在しない』(インターナショナル新書)、『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』(光文社新書)など多数。

著者紹介

連載「コロナは実在するのか」…感染症の第一人者が語る「病の存在論」

感染症は実在しない

感染症は実在しない

岩田 健太郎

集英社インターナショナル

インフルエンザは実在しない!生活習慣病も、がんも実在しない!新型コロナウイルスに汚染されたクルーズ船の実態を告発した、感染症学の第一人者が語る「病の存在論」。検査やデータにこだわるがあまり、人を治すことを忘れてし…

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