2025年には、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になります。老人の孤独死、そして30~50歳の子どもたちに圧し掛かる「親の介護」問題は、深刻化していく一方です。そこで本記事では、地域福祉の発展に貢献する、社会福祉法人洗心福祉会の理事長・山田俊郎氏が、ある老人男性の最期を紹介します。

「自宅で最期を迎える」と決めてから旅立つまで

◆平均71日間の在宅ケア――利用者との信頼関係が欠かせない

 

71日と13時間。この数字は、私たちが在宅の看取りケアをした利用者が「自宅で最期を迎える」と決めてから旅立たれるまでの平均時間です。2カ月と10日強、私たちは24時間体制でケアをしています。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

 

看取りの際は、家族に囲まれ、自宅で……。そんなイメージが強いと思いますが、中には複雑な家庭環境などによって、自宅でひとりで最期を迎えることを選択する人も多くいます。

 

そのため、在宅介護においては、こうした利用者の心に寄り添い、すこしでも穏やかになってもらうという取り組みも非常に重要なのです。

 

◆複雑な生育環境から「扱いづらい患者さん」に

 

ある80代の男性は、結婚し、お子さんにも恵まれましたが、家族へのDVが原因で離婚します。離婚後は、家族や友人はもちろん、地域ともまったくかかわりがありませんでした。長いひとり暮らしで下血し、総合病院へ搬送。胃がんの末期と診断され、入院したといいます。

 

ところが、退院予定日の前日「今すぐ家に帰る!」といって勝手に病院を出てきてしまいました。ご自身の身体が思うようにならなかったからか、病院でも癇癪を起こすことが多かったようで、ケアマネジャーが病院へ荷物を取りに行くと、主治医に「二度とうちの病院では診ません。ほかを探してください」といわれてしまいました。

 

主治医にも見捨てられ……
主治医にも見捨てられ……

 

◆それでも家で最期を迎えたい――利用者の思いに寄り添う

 

職員が本人に希望を聞くと「病院には行かん! 家がいい」といいます。そこでチームを組んで、看取りをすることにしました。

 

本人は死が近づいていることを自覚し、思うように動かなくなる自分にイライラし、介護職員のわずかな表現の違いで苛立ってしまいます。訪問する予定以外にも「おなかがすいた! 食べ物を買ってこい!」「銀行に行ってきてくれ!」などの要求をしては、「対応が難しい」と丁寧に断っても、声を荒らげて電話を切ることもあります。

 

早朝6時に「ベッドから落ちて、起き上がれなくなった」との連絡を受けて、ホームヘルパーが駆けつけたこともありました。

 

生活保護を受けていて、介護保険や医療保険の範囲内では、本人が思う迅速な対応ができないのですが、ますます苛立ちが募ってしまうのです。とはいえ、時折「ありがとう」「今日のコーヒーの淹れ方はうまいね」と認めてくれることもあり、それを支えに職員は頑張れたのだと思います。

 

本人は死が近づいていることを自覚し……
本人は死が近づいていることを自覚し……

ついに「あと1週間の余命」と宣告を受けた

◆利用者の不安・怒りをただ受け止めること

 

そして、在宅介護を開始してから2カ月あまり、「あと1週間の余命」という宣告を受けます。ここまでくると介護職員はただ見守ることしかできません。無力感を感じつつ、怒鳴られても、黙って話を聞くことしかできないときもありました。

 

「帰れ! お前なんか来んでもいい!」と怒鳴られるため、「あまり訪問をしたくない」「なんで助けなければいけないの?」という職員の本音の発言も聞かれるようになりました。仕事ですから、本来はそのような発言は控えなければいけませんが、職員も人間です。ストレスを溜めないこともまた、大切な仕事なのです。

 

この利用者はとりわけ難しい人だったのですが、誰であれ、看取りケアに携わるには、職員のケアが必要です。

 

余命あと1週間と宣告され……
余命あと1週間と宣告され……

 

◆穏やかな最期を迎えられるよう見守る

 

職員は、死が近づいている利用者の気持ちを汲み取る努力をすること、残された時間で自分たちは何ができるのか改めて考えて接しよう、と話し合いました。本人がどのような心身状況にあるのかを皆で想像することで、自分中心になっていた支援の仕方を見つめなおすことができました。

 

そして、その朝がやってきました。

 

8時頃だったでしょうか。最期のとき、そばに家族はいませんでしたが、介護職員が見守る中旅立っていきました。本人は朝には必ず職員が来ることを知っていました。言葉はありませんでしたが、きっと職員が来るのを待っていて、きちんとお別れをいってくれたのかもしれません。

 

あらかじめ確認をしていた家族にも連絡をし、駆けつけてもらいましたが、「想像していた父は、汚い部屋で孤独に死んだと思っていました。でも、知らないところでこんなに多くの方々にお世話になっていたなんて……。ありがとうございました」と言葉をいただき、職員は安堵し、心が軽くなりました。

 

その後、亡くなった利用者のケアを振り返り、今後のケアの質を高めるための“デスカンファレンス”を行いました。職員たちは「家族の感謝の言葉があったからこそ、皆が次の仕事に向かうことができたね」と締めくくりました。

 

場合によっては、家族がいない、心を閉ざしている……など難しいケースの看取りもあるかもしれません。しかし、今後在宅での看取りの機会は増えるでしょう。どんなときも諦めず、チームが一丸となって利用者それぞれに寄り添うことで、そうしたケースも看取りが可能になるはずです。

 

最後は職員が見守られて旅立った
最後は職員に見守られて旅立った
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山田 俊郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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