病院好きは要注意! 「心配だから一応検査」が逆効果のワケ

新型コロナウイルスの猛威は衰えを知らず、第2波、第3波の到来も危惧される状況が続く。この時勢、パンデミック客船「ダイヤモンド・プリンセス」の実態を告発した神戸大学医学部附属病院感染症内科・岩田健太郎教授が提言する「病の存在」は、まさに今議論されるべき事柄と言えるだろう。本連載は、岩田健太郎氏の著書『感染症は実在しない』(集英社インターナショナル)から一部を抜粋した原稿です。

検査には「うさんくさい」方法しかない

結核菌を体に持っているのにその菌がどこにも見つからないことを、潜伏結核と私たちは呼んでいます。では、結核菌が見つかっていないのに、それが体の中に潜んでいることを、私たちはどうやって知っているのでしょうか。

 

これを知る(認識する)ために、現在、私たちは人間の免疫反応を測定して調べます。人間が持っている結核菌に対する免疫記憶を引き出して、それをもって「結核菌の記憶を持っているのだから、かつて結核菌が体内に入ったに違いない。そしてその結核菌はいまも(たぶん)体の中にいるだろう。よし、この人は潜伏結核を持っていることに決めた ! 」と断定するのです。

 

え ? うさんくさいって ? その通り、とてもうさんくさい方法なのです。結核菌の存在を直接吟味しているわけではなく、あくまでも人間様の結核菌に対する対応、免疫対応を間接的に観察しているにすぎないのですから。結核菌そのものをもってリアリスティックにつかみ取るのではなく、その影を見ているのにすぎないのですから。

 

でも、他に方法がないものですから、私たちは仕方なくそのような手探りな、間接的な方法を採用しているのです。結核の感染を確認したいのなら、体内から結核菌そのものを見つけるのが王道だと思いますが、それをやってしまうと、潜伏結核ではなく活動性結核という別の病気になってしまいます。体から結核菌が検出される結核を活動性結核と呼ぶのであって、そうでないものを潜伏結核と呼ぶ……このように専門家の間で約束したのですから。両者は二律背反的で併存しようがないのです。

 

そんなわけで、直接結核菌を見つけ出すことで潜伏結核を診断することは原理的にあり得ない、不可能ということになります。私たちは、隔靴搔痒に感じられる間接的な人間の免疫記憶を頼りに、「たぶん、潜伏結核」という回りくどいやり方で結核菌が体内にいるであろうことを推測しているわけです。これは、結核菌が体内にいることの証明からはほど遠く、あくまでも推測にすぎません。

医者が認識できたときが「病気」の始まり

病気の症状や所見があり、結核菌が体から検出されれば活動性結核、そうでなければ潜伏結核なのですが、その厳密な区別は果たして可能なのでしょうか。

 

おそらくは不可能でしょう。今後、医療技術が進歩しても、おそらくは不可能だと思います。その理由をいまから示します。

 

病気と認識されない理由は検査の精度によるものだけではないかもしれません。例えば、活動性結核という病気を持っていたとしましょう。しかし、担当している医者がそれを認識しなければそれは活動性結核になりません。例えば、レントゲンに映っていても、ある医者には見つかり、ある医者には見つからない病変があるかもしれません。研修医では「見えない」病変がベテランの医者になると「見える」ことはよくあるからです。検査の種類によっても病気か病気ではないかが勝手に決定されますが、同様に医者の技量や経験の違いも同じようなことを起こすのです。

 

では、最新の診断機械と神様のような名医をそろえれば潜伏結核と病気の結核を峻別できるでしょうか。いやいや、そうではありません。CTでも名医でもどうしても見ることができない、顕微鏡で見ないとわからない病変があるかもしれないからです。実際には非倫理的なのでできませんが、もし潜伏結核を持っている人間をマイクロメートル単位で切り刻み、結核菌を探したらどこかに菌を見つけることができるはずです。その周囲には、何らかの、非常に小さいレベルですが、炎症(人間の免疫反応)が起きているはずです。

 

ただし、あまりに小さい炎症なので本人はそれと気づきません。これがだんだん大きくなってくると、CTで見えるような病変になる。さらに大きくなるとレントゲンで見えるようになるのです。症状も病変の進行や大きさでわかりにくかったものが顕在化してくるでしょう。

 

このように考えてみると、潜伏結核と病気の結核の区別はあくまで相対的なものにすぎないということがおわかりいただけると思います。医者がそれを認識できたときが病気の結核(活動性結核)ですが、両者の違いは相対的で絶対的ではないのです。両者を完全に区別することは原理的にあり得ません。結核という病気は医者が認識することによって生み出された病気であり、「実在」するわけではないのです。

神戸大学病院感染症内科 教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学病院感染症内科診療科長。著書に『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)、『感染症は実在しない』(インターナショナル新書)、『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』(光文社新書)など多数。

著者紹介

連載「コロナは実在するのか」…感染症の第一人者が語る「病の存在論」

感染症は実在しない

感染症は実在しない

岩田 健太郎

集英社インターナショナル

インフルエンザは実在しない!生活習慣病も、がんも実在しない!新型コロナウイルスに汚染されたクルーズ船の実態を告発した、感染症学の第一人者が語る「病の存在論」。検査やデータにこだわるがあまり、人を治すことを忘れてし…

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