いい老人ホームだと近所で評判だったのに、入居したら酷い目に遭った――。老人ホーム選びでは口コミがまるで頼りにならないのはなぜか。それは、そのホームに合うか合わないかは人によって全く違うから。複数の施設で介護の仕事をし、現在は日本最大級の老人ホーム紹介センター「みんかい」を運営する著者は、老人ホームのすべてを知る第一人者。その著者が、実は知らない老人ホームの真実を明らかにします。本連載は小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)の抜粋原稿です。

JR東海の死亡事故の顛末を考える

数年前、介護業界で話題になった事件があります。認知症の高齢者がJR東海の管理する愛知県大府市内の線路に立ち入り、人身事故を起こした事件です。

 

この話は、認知症高齢者の悲惨な話ではありません。後日、JR東海が事故の原因を作った故人の家族に対し、振替輸送費用などの損害金を支払え、という訴えを起こしました。今までの介護業界の常識では、認知症高齢者の痛ましい事故という認識でしたが、この訴えは、家族に対する責任追及という一石を投じました。私の記憶によると、この訴えを受けて遺族が「認知症の高齢者を自宅で見る場合は、当事者をロープで縛っておく以外に方法はないのか」と言っていたと記憶しています。このケースの場合は、高齢夫婦で生活をしていて、お子さんは遠方で別居だったようです。奥さまもいましたが要介護の状態で、事件は、奥さまがついうっかり居眠りをしてしまった隙に、ご主人が徘徊をはじめ、結果、線路内に立ち入り電車にひかれてしまったということのようでした。

 

小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)
小嶋勝利著『誰も書かなかった老人ホーム』(祥伝社新書)

裁判所の判決は、遺族に対し一定の管理責任があるとし、JR東海の主張を認め、一部の損害賠償を命じましたが、最高裁にて損害賠償義務はないとして結審しています。私自身も知り合いの多くの弁護士に、この問題の解説を求めましたが、スパッとした説明をしてくれる弁護士はいませんでした。

 

JR東海からすれば、当然実損は発生しています。しかも、道路と違い線路内は法律で立ち入ることができないエリアなので、侵入してきた場合は、どうにもなりません。

 

私の推測ですが、今後、認知症高齢者が増えていき、同じような事件が増えれば、事業者の負担も馬鹿にならず、何らかの方策を考えなければ会社経営がおぼつかなくなるという気持ちも裁判官にはあったのではないでしょうか。しかし、世間の考え方は、「損害賠償なんてかわいそう」ということだと思います。

 

国は、介護の必要な高齢者を地域で面倒を見る、ということを大きな目標としています。これを「地域包括ケアシステム」と言います。この地域包括ケアシステムを構築するには、認知症高齢者の自宅での介護方法の構築は必要不可欠です。遺族がいみじくも言っていたように、認知症で徘徊する高齢者を、自宅で近隣に迷惑をかけることなく面倒を見るためには、本当に縛っておくか、部屋に閉じ込めておく以外に方法はないということになります。それが無理なら施設へ入れる、ということになります。

 

高齢者介護とは、本人も家族も職員も地域も、全員がWIN-WINになる方法を考えなければならないのです。どこかに過度の負担がかかり、一部が決壊している今の状況は、けっして正常だとは言えません。高齢者介護の要諦は、関係者全員の相互扶助であり、各自が分をわきまえ、足るを知ることから始めなければなりません。あの老人が今日も元気に徘徊していると、地域の住民が皆で理解し遠くから見守ること。そのためには、地域で生活が完結できるような社会構造に戻していかなければならないのかもしれません。

 

移動手段の発展が個人の生活水準を向上させ、国の経済力を高めたことは疑いようのない事実ですが、その代償として、地域内で働く人の数を減らし、地域内の見守りの力を弱体化させてしまったことも忘れてはいけません。そう考えた場合、この事件は皮肉な話であり、将来の高齢者介護の実態を啓示しているように思えてなりません。
 

小嶋 勝利
株式会社ASFON TRUST NETWORK 常務取締役

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