新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。東京都の外出自粛要請に始まり、政府の緊急事態宣言が出され、多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。通勤するサラリーマンが減ったため、都心部の大型書店は休業を余儀なくされた。出版業界も撃沈かと思われたが、実はいろいろなことが起こっていた。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

本屋大賞は決定から発表までに万全の準備を整える

全国書店員が選んだ<いちばん!売りたい本>──これが本屋大賞のキャッチフレーズだ。一般読者の投票によって決まるのではなく、全国の新刊書店に勤務するすべての書店員(アルバイト、パートを含む)が投票資格を持ち、その投票結果のみで大賞が決定する。

 

読者目線に最も近いと文学賞と言われるゆえんだ。作家のお眼鏡にかなった作品に贈られる芥川賞、直木賞との決定的な違いはここにある。

 

凪良ゆう著『流浪の月』(東京創元社)
凪良ゆう著『流浪の月』(東京創元社)

本屋大賞を運営するのは、(株)本の雑誌社(目黒考二・椎名誠らが設立)から生まれたNPO法人本屋大賞実行委員会である。浜本茂代表に発足の経緯を聞いたところ、直接の引き金となったのは、2002年に文壇を揺るがせた横山秀夫の直木賞訣別事件という。

 

「圧倒的な読者の支持を得て直木賞候補作となっていた『半落ち』が落選。選考経過に納得のいかない横山秀夫さんが、もう直木賞には作品を委ねないと宣言した事件です。当時、営業が書店まわりをしていると、この本を読んで受賞を確信していた多くの書店員が非常に残念がっていた。ならばいっそのこと、俺たちの手で賞をつくろうじゃないかと」

 

1996年をピークに本が売れなくなり、文芸書の担当者たちが書店の活性化に知恵を絞っている時期だった。2004年、手探りで第1回を開催。すると、ゴールデンウイークに大手書店が「本屋大賞フェア」を開催してくれるなど、最初から書店員が後押ししてくれたという。

 

「作品がまたよかった。『博士の愛した数式』はその年の読売文学賞も受賞し、芥川賞以降目立った作品のなかった小川洋子さんに再び脚光を当てるきっかけをつくったことで、本屋大賞の存在意義をアピールすることができた」

 

最大の強みは、全国の書店員が「自分たちが選んだ賞」という自覚のもと、フェア開催やPOP制作に自発的に取り組んでくれることだろう。毎年、4月上旬に行なわれる発表会では、発表時刻に除幕式を行なう書店もある。

 

ここまで急速にメジャーに成長した要因はどこにあるのだろうか。浜本代表は、一つ、本屋大賞ならではの舞台裏を明かしてくれた。

 

「実は、大賞決定から発表まで1カ月のタイムラグを設けています。この間、版元に増刷を要請し、全国の書店をまわって在庫を切らさないようお願いしています。これは他の賞ではやらないでしょう。発表した時点ですぐ品切れになり、店頭に並んでいなかったでは話になりませんから」

 

2020年の本屋大賞に輝いたのは、凪良(なぎら)ゆうの『流浪の月』(東京創元社・2019年8月発刊)だ。作家デビュー12年、ボーイズ・ラブ(少年同士の同性愛を題材とした小説)を書き続け、一般文芸で出した初めての単行本が書店員の支持を得た。

 

1次投票(477書店・586人)、2次投票(300書店・358人)を勝ち抜き、2位に大差をつけての受賞となった。売れ行きも好調。すでに8刷・37万部を突破し、映画化も時間の問題とみられている。

(文中一部敬称略)

 

平尾 俊郎
フリーライター

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