新型コロナウイルスの感染拡大で日本人の働き方が大きく変わった。東京都の外出自粛要請に始まり、政府の緊急事態宣言が出され、多くの企業でオフィスワークを在宅勤務に切り替えるなど対応に追われた。出版業界も例外ではない。出版社もリモートワークが始まり、新しい働き方が模索されている。通勤するサラリーマンが減ったため、都心部の大型書店は休業を余儀なくされた。出版業界も撃沈かと思われたが、実はいろいろなことが起こっていた。新型コロナ禍の下での出版事情をレポートする。

なぜか『古事記』『日本書紀』が読まれている

古典は大型書店の品揃えには不可欠、でも売れる本ではないと思っていたが、考えを改めなければならない。事実、隠れたベストセラーが生まれている。

 

Amazonの古典文学の売れ筋ランキング(1時間ごとに更新される)で、常時上位にランキングされているのが『現代語古事記』(竹田恒泰著/学研)だ。2011年9月に発刊し、累積発行部数は22刷、12万部を超えた。

 

竹田恒泰著『現代語古事記』(学研)
竹田恒泰著『現代語古事記』(学研)

古事記といえば多くの人が知っているのは、「現存する日本最古の歴史書」というフレーズと、子どものころ絵本で読んだ「天の岩戸」や「因幡の白うさぎ」の話くらいではないだろうか。歴史書とはいうが冒頭の国の始まりのところは明らかに神話の世界で、歴史マニアがしっかり読みたくなるとはちょっと考えにくい。では、なぜ売れているのか、版元の学研はこういう。

 

「古事記は古典の中でも一度は読んでみたいという一定の人気のあるジャンルです。初めて完読できたという読者アンケートが示すように、有名な話だけではなくどこも端折らずに現代語に訳した完全版であること。そして、竹田先生の分かりやすい解説つきであることが人気の要因と思います」(第2メディアプロデュース室担当者)

 

最近はワイドショーのコメンテーターとしても活躍する竹田氏(明治天皇の玄孫)。専門は憲法学・史学だが、古代天皇の系譜を切々と説かれると、他の誰にも醸し出すことのできない説得力を感じるのは私だけだろうか。学習参考書の学研にしてはめずらしい一般書籍でベストセラーとなった。

 

ちょっと調べてみると、古事記は不運な書であった。成立して8年後に正史としての日本書紀が完成したため、その陰に隠れて1000年もの間ほとんど読まれずにいた。その真価を世に問うたのが、江戸時代の国学者・本居宣長である。35年の歳月をかけて『古事記伝』44巻を執筆した本居宣長はこう記している。

 

≪上代のことを知る上でこれに勝る本はなく、また「神代」のことも『日本書紀』より詳しくたくさん書かれているので、「道を知る」と言う目的からは第一の古典だ。古学を学ぼうとする者が、最も尊み、学ぶのは本書でなければならない≫(本居宣長記念館ホームページ)

 

古事記の8年後、720(養老4)年に完成したとされるわが国初の勅撰国史が日本書紀だ。現代語訳のパイオニア・講談社学術文庫は1988(昭和63)年に『全現代語訳日本書記』を発刊(上巻)。累計で上・下巻とも各20万部ずつ、計40万部売れた。

 

「くしくも今年編纂1300年を迎えました。日本書紀を初めて現代語訳した歴史的書で、弊社の数ある現代語訳でも一番売れています」(講談社学術文庫・日本書紀編集担当)

 

古事記と日本書記──意外な本が読まれ、そして売れている。コロナの第二波襲来にふさぐ現代人の心を癒してくれるのは、一千年を優に超えたこの国の出来事であり人々の生きざまなのかもしれない。

 

平尾 俊郎
フリーライター

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