「暴力的ケチだった」次男、遺産額に絶句。父の1000万円が…

子どもを持つ人の再婚は注意が必要だ。というのは、入籍することによって再婚相手に相続権が発生し、もともと相続権を持つ子どもとの間でトラブルになる可能性があるからだ。レスラーさん(仮名)の相続も、再婚がトラブルにつながったケースの1つだ。レスラーさんは、60歳で小料理屋の女将さんと再婚。当初、再婚相手であるおかみさんは相続権を放棄していたが、レスラーさんの死後、自分が持つ相続権を主張し、子どもたちともめることになった。※本記事では、税理士の髙野眞弓氏が、自身の経験もとにした「争族エピソード」を紹介する。

暴力的なケチ…酒癖最悪の社長から相談を受けた

よく言えば「豪快な商売人」。悪く言えば「暴力的なケチ」。レスラーさん(仮名)はそんな人であった。

 

東京の下町で生まれ育ったレスラーさんは、10代のころにレスリングを習い始めた。地域のアマチュア大会では何度も優勝しており、プロレス団体からスカウトされたこともあるという。

 

その後、プロの道は諦め、20代半ばで商売を始める。ハンドバッグの部品を作る会社だった。レスラーさんには、レスリングで鍛えた根性があった。また、もともと負けず嫌いで、それも商売に生きた。

 

性格面では、極度な倹約家だった。無駄なことにいっさいお金はかけない。酒は好きだったが、それ以外の贅沢もほとんどしない。そのような性格が幸いし、徐々にお金がたまり、会社も少しずつ大きくなった。40歳を少し過ぎるころには、会社は十数名の従業員を抱えるまでに成長していた。

 

私が会社の顧問税理士となったのはその頃のことだ。それからレスラーさんが亡くなるまで、かれこれ20年の付き合いになった。

 

レスラーさんは商売熱心な人だった。しかし、それ以外が無茶苦茶だ。気性が荒く、酒癖も悪い。飲みに出かけて喧嘩になるのは日常茶飯事だ。喧嘩相手をビール瓶で殴り、パトカーで連れて行かれることもあった。

 

家庭内暴力もひどいものだった。レスラーさんには奥さんがいて、会社では専務を務めていた。しかし、相手が女性であっても関係なく殴る。最近ニュースなどでDVという言葉をよく耳にするが、そんなもんではない。半殺しだ。そのせいで奥さんは何度も病院に担ぎ込まれていた。レスラーさん夫婦には息子が2人いて、彼らにも厳しく当たっていた。とくに長男には厳しく、しょっちゅう殴っていたという。

 

信じられない事態に
信じられない事態に

父との確執「ストレスで潰れる」初孫が生まれたが…

「高校生の頃まで、兄貴はよく親父に殴られていました」ある時、次男がそう言っていた。次男は高校を卒業してすぐにレスラーさんの会社に入り、のちに会社を継ぐことになる。彼とも長い付き合いで、私はいつも甥っ子のような感覚で接していた。次男はレスラーさんの子どもとは思えない優しい性格で、今も順調に会社を経営している。

 

「お兄ちゃんは辛かっただろうね」「ええ。なにしろ元レスラーですし、そのころはまだ親父も若く、力がありましたからね。部屋の端っこまでふっ飛んでいました。僕はそれが怖くてね。10代のころは、ずっと親父の機嫌を伺いながら生きていたような気がします」

 

「お兄ちゃんが会社を継がなかったのも、レスラーさんとの確執があったからかい?」「いえ。兄はもともと継ぐ気がなかったようです。親父も継がせる気がなかったのでしょう。それでよかったのだと思います。継いでいたとしたら毎日喧嘩になっていたでしょうから」次男はそう言って笑う。

 

「仕事にならないな」「ええ。会社が潰れるか、兄がストレスで潰れていたと思います」

 

レスラーさんが地元に小さな自社ビルを建てたのは、彼が60歳に差し掛かるころだった。工場兼オフィスのビルである。

 

ちょうどその頃、長男が結婚し、子どもが生まれた。レスラーさんにとって初孫だった。親子の関係にはもともと溝があったが、この頃からさらにお互いの距離が遠くなった。

 

仕事以外のことでは、やることなすこと滅茶苦茶なレスラーさんだったが、世間一般のおじいちゃんたちと同じで、やっぱり孫は可愛い。生まれて間もない頃などは、決算の相談などで私の事務所に来たときも、携帯電話で撮った孫の写真を自慢げに見せた。会社経営が順調だったこともあり、話の内容も会社のことより孫のことが中心だった。

 

「なあ、可愛いだろう」レスラーさんが目を細めていう。

 

「ああ、可愛いねえ。そろそろ1歳かい」

深夜に絶叫「開けろ、開けろ!」警察沙汰の理由は…

「そう。もうすぐ1歳。俺は酒浸りだからそう長くは生きられないだろうけど、こいつが成長していくのが楽しみでしょうがない。会社のことは息子(次男)に任せてある。今や孫が俺の生きがいだ」レスラーさんはそう言い、少し寂しそうな顔をした。

 

寂しそうな顔をしたのには理由がある。長男との仲がよくなかったせいで、そう頻繁に会うことができなかったのだ。長男の妻も酒癖の悪いレスラーさんを嫌っていた。

 

この頃になると、レスラーさんは外で飲み歩くのをやめ、家で晩酌するのが日課になっていた。しかし、酒癖の悪さは治っていない。

 

飲みながら気分がよくなると「ちょっと孫の顔でも見てくるか」と立ち上がる。歩いて数分のところに住んでいる長男の家に出かけ、孫の顔を見ようとするのだ。「迷惑だからやめてください」とレスラーさんの妻が止めるが、レスラーさんは聞かない。夜だろうがお構いなしだ。長男家のチャイムを鳴らし、「おい、俺だ。顔を見に来たぞ」と喚く。

 

もちろん、長男一家としては大迷惑だ。1歳未満の子どもは寝かしつけや夜泣きが大変だ。母親は体力的にも精神的にも疲弊している。せっかく寝た子どもを起こすわけにはいかない。

 

「飲んでますか?」長男の妻がドア越しに聞く。「ああ、飲んでるよ。早く開けろ」レスラーさんが返す。「じゃあ、ダメです。また今度にしてください」そう言って、長男の妻はレスラーさんを追い返す。レスラーさんが飲んでいるときはいっさい家に入れなかった。

 

しかし、それではレスラーさんの気持ちが収まらない。近所の目を考えることなく、開けろ、開けろと騒ぐ。そんなやりとりを何度かしているうちに、長男の妻はパトカーを呼んだ。年を取り、環境が変わっても、飲んでパトカーを呼ばれるという点ではレスラーさんは変わらなかったのである。

 

人は年をとると丸くなると言う。しかし、レスラーさんにそんな傾向は見られなかった。むしろ頑固さや意地っ張りの性格が強くなっているように見えた。

「同居させてあげられませんか?」長男夫婦の答えは…

そんな状況の中、レスラーさんの奥さんが病気で亡くなった。享年60歳。レスラーさんが62歳の時だった。若くして亡くなったのは、レスラーさんに暴力を振るわれてきたせいかもしれない。日々の気苦労からくる精神的な疲労があったのだろう。

 

独り身となったレスラーさんは、家事全般を奥さんに任せていた。そのため、私は奥さん亡き後の生活を心配した。また、レスラーさんは少し前から糖尿病を患っていた。

 

レスラーさんの妻は会社の重役でもあったため、その後の経営体制についても考える必要があった。そこで次男が指揮をとり、家族会議を行うことになった。レスラーさんと付き合いが長く、会社のことをよく知っているということで、税理士である私と会社の顧問弁護士もその会に参加することになった。

 

「1人だと色々と心配ですね」顧問弁護士が言う。「大丈夫だって。俺は1人でやれるよ」レスラーさんは強気だった。「そうは言っても病気のこともあるし、誰か近くにいたほうがいいんじゃないかい?」私はそう言い、長男、次男のほうを見た。

 

次男の家は狭く、物理的に父親との同居は難しい。頼みの綱は長男なのだが、レスラーさんとの関係性のことを考えると、その選択も非現実的だった。長男は無言のままじっと目を伏せていた。同居するつもりはまったくない様子だった。

 

「奥さん、どうですか?」私は長男の妻に聞いた。「お酒をやめるならいいですよ」妻が言う。彼女も気が強い性格で、頑固さという点ではレスラーさんに匹敵するくらいであった。レスラーさんもまったく引かない。「冗談じゃねえ。こっちからお断りだ」そう言い捨て、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 

どうしたものかと心配したが、長男夫婦はどうにもしなくていいと考えていた。「子どもじゃないので、大丈夫でしょう」ため息をつくようにして長男が言う。「いいのかい?」私が次男に聞くと「本人が嫌がっているので、仕方ないです」と答えた。

「困ったことになりまして」3年後、まさかの事態が…

帰り際、私と弁護士は駅に向かって歩きながら、レスラーさんのことを話した。「レスラーさん、強がってはいたけども、しょんぼりしてたねえ」私が言う。「奥さんが亡くなったことがショックだったんだろうけど、長男の嫁に厳しく言われたのも効いたんだろうな。まあ、これまでのことを振り返れば、酒をやめるっていうのは当然ともいえる条件だと思うけど」

 

「そうだなあ。しかし、あの嫁さんは強いな」「ああ、強い」弁護士はそう言い、笑った。「レスラーさんとやり合うなら、あれくらいでなきゃいけない」私もそう言って笑った。

 

それからしばらくの間、家族の間には何の問題も起きなかった。レスラーさんが飲みすぎ、何かやらかすのではないかと心配したが、意外と大人しく、かつてのように警察沙汰になることもなかった。

 

事態が大きく動いたのは家族会議から3年ほど経った時のことだった。

 

「先生、ちょっと困ったことになりまして」次男が電話で言う。彼が社長になってからも経営は順調だった。困ったこととはレスラーさん絡みの何かだろう。直感的にそう思った。「どうしたの?」「父親のことなんですが、先日、ある女性と再婚したようなのです」「え?」私は思わず聞き直した。

 

「再婚です。私も兄も、父が女性と住み始めたことは知っていたのですが、籍は入れるなと念を押していたんです。しかし、父は言うことを聞かず、入籍してしまったんです」

 

次男の話によると、相手は近所で小料理屋をやっている女将さんだという。奥さんが亡くなった後、料理ができないレスラーさんは外食中心の生活になった。そのうち、その店の常連になり、女将さんと仲よくなり、一緒に住むようになったのが半年前のことだそうだ。

 

「引っ越すからと連絡があって、その時に女性と一緒に住むのだと知りました。父はなんだか嬉しそうでした。僕としても父の日々の生活のことが心配でしたし、飲みすぎないように目付役になってくれる人がいるといいとも思っていたので、一緒に住むのはいいことだと思いました」「ただし、籍は入れないようにと伝えたんだね?」「はい。そう約束したのですが『籍入れたからな』と連絡があったんです」

兄弟の不安。さっそくレスラーさんに連絡してみたら…

兄弟が入籍しないように言ったのは、再婚することによって相続が複雑化するのを避けたいと思ったからだ。過去に次男との雑談の中で、そういう話をしたことがあった。

 

妻に先立たれた男が、他の誰かを好きになることもある。超高齢化が進み、人生100年とまでいわれる日本では、高齢者層でそういうケースが増える。それ自体は別に悪いことではない。恋をすれば人生に張り合いが出る。しかし、恋と入籍は分けて考えたほうがいい。

 

法律上、死亡した人の配偶者は、初婚、再婚に関係なく相続人となり、相続権が発生する。配偶者が資産の半分を受け取り、残りの半分を子どもが受け取る。子どもとしては相続分が減るわけだから面白くない。それが原因で、子どもと相続トラブルになる例は珍しくないのだ。

 

レスラーさんの再婚は、まさにそのケースだ。兄弟としては不満だろう。再婚相手とは面識もない。次男は、まったくの他人が会社の経営にも関わるのではないかと不安を感じていた。

 

「以前に少し話したかもしれませんが、先生にはいずれ、父の財産の相続でもお世話になろうと思っています。すみませんが、どうなっているか調べていただけませんか」「よし、調べてみよう」私はそう答え、次男との電話を切った。

 

私はすぐにレスラーさんに電話をかけた。「おお、先生。久しぶりだね」レスラーさんは元気にそう答えた。挨拶もそこそこに、私は早速再婚の件について聞いた。

 

「早耳だなあ、先生。相続のことが気になって電話してきたんだろう? その点は大丈夫だよ」「大丈夫というと?」「新しいカミさんには相続を放棄してもらったんだよ。たまたま相続を専門でやっている弁護士さんがいたので、その書類も作った。だから問題ない」レスラーさんはそう言った。

 

相続する財産の割合は、相続人の続柄と数によって変わる。民法が規定している法定相続分を目安にすると、レスラーさん一家の場合は、再婚相手が半分、残り半分を長男と次男が分けることになる。

「放棄しているんですよね?」死後、嫌な予感が…

ただし、相続は放棄することもできる。一般的には借金の相続を避けるために放棄する人が多いが、遺産分割のトラブルを避けるために放棄する人もいる。レスラーさんの場合は後者のケースに入る。再婚相手に相続の権利が発生することで、子どもたちともめてしまう可能性を未然に防ぐため、再婚相手に相続を放棄してもらったというわけだ。

 

「ちゃんとできたのかい? 一度、私が書類を見ようか?」私はそう提案した。レスラーさんとは節税の話などはよくしてきたが、相続について話した記憶はない。おそらく自分で調べたり、手続きをした弁護士に聞いたりしたのだろうと思ったが、不備があるかもしれない。「大丈夫だよ。息子にもそう言っておいてくれ」レスラーさんはそう言って電話を切った。

 

取り越し苦労だったか。私はそう考え、笑ってしまった。レスラーさんらしい根回しだと思ったからだ。レスラーさんは金にうるさい。コツコツと築いてきた財産を簡単に誰かに渡したりはしない。次男に譲ったとはいえ、会社も大事だ。そう考えて、相続放棄を思いついたのだろう。私は受話器をとり、次男に電話をかけた。再婚相手とは相続放棄の約束をしたらしい。そう伝えると、次男も安心したようだった。

 

レスラーさんが亡くなったのはそれから2年後のことだ。66歳だった。滅茶苦茶な人だったが、だからこそ、いなくなると寂しいものである。仕事上でもたくさんの人に信頼されていたようで、葬儀には多くの人が参列した。

 

それから間もなくして、私は相続の手続きを手伝った。とくに難しいことはない。再婚相手が相続を放棄しているため、土地、建物、現金を子ども2人で分ければよい。父と長男は不仲だったが、長男と次男は仲よしだ。取り分でもめることもなかった。

 

しかし、思ってもいないことが起きる。葬儀の数日後、次男が事務所に電話をかけてきた。

 

「先生、父の再婚相手は相続を放棄しているんですよね」

相続財産の額に「嘘」が判明。実際の額はなんと…

「ところが、その弁護士を通じて、再婚相手が相続したいと言ってきているんです」「は?」「私も事情がよくわからないのですが、とにかくそういう連絡がきたので、先生に調べてもらえないかと思いまして」次男は困惑していた。当然だろう、一度は消えたはずのトラブルの火種が、急に大火となって迫ってきたのだ。

 

「わかった。すぐに調べてみる」私はそう言って電話を切り、弁護士に電話をかけた。相続放棄がどうなっているか確認しなければならなかった。

 

「ああ、レスラーさんの件ね。相続放棄の契約があるんですが、あれはダメ。通らないんですよ」「通らない。つまり無効ということですか?」「ええ。事前に契約を交わしているのですが、相続財産の額に嘘があったんです。実際の相続財産の額が本人の申告とかけ離れているんです」

 

弁護士によると、再婚相手と相続放棄の契約をしたときにレスラーさんは全財産が1000万円ほどだと言ったようだ。しかし、預貯金、土地、建物を合算してみると、実際には約5000万円の財産があった。遺産の額が跳ね上がった原因は土地である。工場兼オフィスのビルがある土地で、その名義がレスラーさんのものだった。

 

レスラーさんはおそらく、購入時の土地の値段で考えたのだろう。あるいは、会社を次男に譲ったことで、土地は自分のものではないと考えたのかもしれない。

 

「全財産が2000万円くらいだったなら夫人も文句なかったんでしょうけど、申告の額の5倍ですからね。これはダメでしょう」弁護士が言う。「そうですね」私はそう返し、電話を切った。

 

私は後悔した。レスラーさんから相続放棄の話を聞いたときに、私が内容を確認すればよかったと思った。「大丈夫だよ」あの時、電話口でレスラーさんはそう言った。しかし、大丈夫ではなかった。強引にでも約束を取りつけ、書類を確認すればよかった。私はひとつ大きく息をつき、次男に電話をかけた。

 

「結局、相続放棄とはならないのですか?」電話口で次男が聞く。

次男の悲鳴「殴られながら、我慢してつくったんです」

「ええ。法律上、彼女にも相続の権利がありますので」私はそう答え、彼女の法定相続分が2500万円であることと、再婚相手の遺留分について説明した。

 

遺留分とは、相続の権利を持つ法定相続人が受け取れる最低限の財産のことだ。相続の割合は法定相続分が目安となるが、一方で、亡くなった人の意思で自由に相続人や相続の割合を決めていいことにもなっている。

 

そのため、亡くなった人が「財産をすべて寄付する」「愛人に全財産あげる」といった遺言を書いていると、配偶者や子どもが相続できなくなってしまう可能性もある。それを防ぐためにあるのが遺留分だ。つまり、相続する人が最低限受け取れる割合を定めることで、相続人の権利を守っているわけである。

 

「なんとかなりませんか」「なんとか、とは?」「父の財産は、父1人がつくったものではありません。父には商才があったと思いますが、支えていたのは母親です。母親が日々殴られながら、我慢してつくった資産でもあるんです」「そうですね」

 

私は次男の気持ちがよくわかった。レスラーさんの妻は、結婚してからずっと我慢してきた。30年以上にわたる苦労を経て、5000万円という資産ができた。その資産の半分を、わずか数年だけ一緒に暮らした他人が相続する。これは次男にとって堪えがたい現実だった。「あとは話し合いです」私はそう伝えた。

 

法定相続分はあくまで目安であるため、その通りに分けなければいけないというわけではない。遺留分も相続人の権利を守るためのものであり、必ずしも権利を行使する必要はない。そのような点から見て、あとは相続人の間で話し合って決めるしかない。

 

「心情的には納得しがたいと思う。しかし、再婚相手がここ数年のレスラーさんの生活を支えたのも事実だ。最後は寝たきりのレスラーさんを介護していたし、レスラーさんの心の支えにもなっていた。そのことも加味して、話し合って決めることにしよう」「そうですね。わかりました」次男はそう言い、電話を切った。

なぜ相続権を主張した?「強欲な人ではないのに…」

その後、私と弁護士が間に入り、金額の調整をした。幸いなことに、再婚相手は強欲な人ではなかった。何度か話し合いを行い、遺留分を少し下回る1000万円の現金を相続することで決着がついた。次男と長男もその金額で納得した。私は2人の相続税の計算を行い、納税の手続きを手伝った。その際、次男が私にこう聞いた。

 

「ところで先生、再婚相手はなんで急に相続したいと言い出したのでしょうね」「さあね。もしかしたら誰かが入れ知恵したのかもしれないな」私はそう答えた。

 

「入れ知恵ですか」「そう。飲み屋さんには色々なお客がやってくる。その中に相続に詳しい人がいたのかもしれない。レスラーさんが亡くなったと聞いて、相続はどうするのか、もらえるものはもらったほうがいいんじゃないか、そんなことを言われたのかもしれないよ」「それを聞いて、あらためて調べてみたら意外と財産が多かったと」「そう。遺産額が事実と違った点はレスラーさんに非があるわけだが、彼女としては、そんなにあるなら少しもらってもいいだろうと思ったのではないかな」「なるほど」次男は納得したようだった。

 

レスラーさんの財産が1000万円だったなら、再婚相手の受け取り分は500万円ほどだ。それくらいの金額なら放棄してもいい。最初に再婚相手が相続放棄に応じたのは、そう思ったからだろう。彼女は自分で店を切り盛りしている。稼ぐ力があり、貯蓄もそれなりにあるはずだ。そもそも遺産目当てで一緒になったわけでもあるまい。

 

しかし、蓋を開けてみたら5000万円だった。再婚相手の法定相続分は2500万円になる。「そんなにあるなら、少しもらってもいいのではないか」再婚相手はそう考えたのだろうと思った。

 

「女性が1人で店をやっていくのは大変だ。そういった知恵をくれる人も大事だし、お金だってあって困るものではない」「そうですね。まあ、一悶着ありましたが丸く収まってよかったです。いろいろありがとうございました」次男はそういい、頭を下げた。

 

「いいんだよ」「まったく、最後の最後まで手がかかる親父でした」次男はそう言って笑った。

何歳になっても恋愛は自由。でも相続の観点では…

レスラーさん一家の相続は非常に危ういものだった。再婚相手の意思によっては、財産の半分が再婚相手の手に渡っていた可能性があった。

 

なぜこのようなトラブルになったかというと、ことの発端はレスラーさんの入籍である。相続の権利は配偶者と子どもに発生する。つまり、入籍せず、法律上の家族にならなければ、そもそもこの問題は起きなかったのだ。

 

レスラーさんが子どもたちの忠告を聞かず、入籍した理由はわからない。晩年の恋に燃えたのかもしれないし、病気になり、体と気力が弱くなっていく中で、結婚という確固たるカタチをほしがったのかもしれない。

 

恋愛に年齢は関係ない。一緒に暮らし、お互いを支えることにもメリットはある。高齢者の再婚も、大半はそういう背景があるのだろうと思う。

 

しかし、相続という点からみると、入籍するかどうかはよく考えなければならない。子どもが相続するはずだった財産の比率と金額が変わり、それがもめごとにつながる可能性があるからだ。

 

子どもの立場からすると、父親が後妻を迎えることを快く思わない場合もある。最近は年の差婚という言葉を耳にするし、芸能人が自分の娘くらいの年齢の女性と再婚したというニュースも聞く。そういう複雑な心情の時に、相続の話が加わることで、親子関係が壊れたりすることがよくあるのだ。

 

私が過去に扱った例を振り返ると、父親の再婚では、娘とトラブルになるパターンのほうが多い。父親に幸せになってほしいという気持ちがある一方で、再婚相手に対して同性ならではの複雑な感情を持つのかもしれない。一方、息子の場合はあっさりしていることが多い。

 

レスラーさん一家の場合も、新たに誰かを好きになるという点については、長男、次男の興味は薄かった。親父の好きにすればいい。そう考える人は男のほうが多いように感じる。私も同様の立場で、父親が再婚するとしたら、そう考えるだろう。ただし、それでも相続についてはしっかり話し合っておく必要がある。

 

入籍するつもりがあるのかどうか、入籍する場合は再婚相手の相続をどうするか。そのようなことをあらかじめ決めておくことが、再婚と相続をめぐるトラブルを防ぐ最善の方法なのだ。遺産についても話し合っておく。子どもに譲りたい土地などがあるなら遺言書を書く。

 

レスラーさん一家の場合も、まさか再婚するとは思っていなかったが、その可能性も考えておけば、次男に会社を譲る時に土地の贈与処分も遺言書に明記すべきだった。

 

再婚するのは自由だが、それは相続の準備が整ってからだ。その順番を心得ておけば、無用なトラブルを避けられるのだ。

レスラーさんが「あえて嘘をついた」理由は…

レスラーさん一家の相続が危うくなったもう1つの原因は、レスラーさんが相続財産を少なく申告していたことだ。どういう意図で1000万円だと言ったのかはわからない。

 

勘違いしたのかもしれないし、あえて少なく言ったのかもしれない。いずれにしても、契約ごとの間違いや噓は、契約そのものを白紙にする可能性を持つ。そのせいでトラブルが起きたり、大きくなったりするのだ。

 

私個人は、レスラーさんがあえて少なく言ったのではないかと思っている。もともとがケチな性格だから、再婚相手に渡すお金を少なくしたいと思った可能性もあるが、それよりも、本当の金額を伝えることで、再婚相手がお金に目がくらむ可能性を嫌がったのだと思っている。つまり、再婚相手のことが本気で好きだったのだ。

 

そうだとしても、やっぱり噓はダメだ。どんな小細工をしても、どんなに純粋な気持ちがあっても、相続の手続きでは正確な金額を出さなければならない。必ず調べられ、財産の額は明らかになる。ごまかそうとするだけ無駄であり、レスラーさんの息子たちのように、誰かに迷惑をかけることになるのだ。

 

生きていくためにお金は必要だし、大事なものである。しかし、あの世に持っていけるわけではない。

 

亡くなると同時に相続が発生し、すべての財産が次の人の手に渡る。そう考えれば、相続は生涯の稼ぎの総決算であり、人生の締めくくりともいえる。天国や地獄が存在するかどうかはわからないが、噓をついたとしたら地獄行きだ。今頃レスラーさんは、閻魔大王にこっぴどく叱られているかもしれない。酒好きだったレスラーさんだけに、天国で好きなだけ飲んだくれていると思いたい。

税理士法人アイエスティーパートナーズ 代表社員

東京・浅草生まれ。國學院大學経済学部卒業。日本大学大学院・慶應義塾大学大学院修了。又野税務会計事務所勤務を経て、1975年に独立、税理士髙野眞弓事務所を立ち上げ、多種多様な業種・業態の企業の顧問税理士を務める。事業規模拡大に伴い、2016年6月に税理士法人アイエスティーパートナーズを設立。
40年以上にわたり、「税務のアドバイザー」という枠を超えた公私のパートナーとして、多くの経営者の悩みを解決してきた。特に、骨肉の争いに発展しやすい相続税・贈与税等について、一家の思いに寄り添った提案を行い円満相続に導いている。

著者紹介

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髙野 眞弓

幻冬舎メディアコンサルティング

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