
白内障手術には、眼科医が手動で行う手術と、レーザーによる手術の2種類が存在します。今回は、『「見える」を取り戻す白内障手術』(幻冬舎MC)より一部を抜粋し、次の技術革新として注目されているレーザーによる白内障手術について解説します。
「手による白内障手術」は、眼科医の経験がものをいう
現在一般的に行われている眼科医の手による白内障手術の手順をまとめました。
【白内障手術の手順】
①まず点眼麻酔を行います。点眼麻酔は目の表面の感覚を麻痺させるもので、切開時の痛みはまったく感じません。そして角膜(黒目)の縁を2.2〜2.4ミリほど切開します。細いピンセット状の器具を使い水晶体が入っている袋の前側(前嚢)を直径5ミリ前後の円形に切開します。
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②角膜の切開創から超音波を発振する器具を入れ、前嚢を切り取った部分から超音波をかけて濁っている水晶体核を乳化させ(ちいさな粒になるまで細かく砕き)、砕いた水晶体を吸引して取り除きます。
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③水晶体が取り除かれた空の袋に、水晶体の替わりとなる人工の眼内レンズを挿入します。レンズの直径は6ミリほどです。目の中に入れる際はインジェクターと呼ばれる細い筒の中を通るときに小さく丸められ、目の中に入ると自然に開きます。(小さく丸められているので、強角膜の2.4ミリ程度の小さな切開創からレンズを入れることができるのです)
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④その後は糸などで縫うことなく手術は終了です。切開してから、片目はおよそ10分程度で終わります。

現在一般的に行われている手による白内障の手術では、角膜のどこを切開するのか、前嚢の真ん中に正確な円形の切開ができるかなど、すべてのステップで術者の技術と感性、経験により左右されます。
一方、レーザーによる白内障手術では、誰が手術しても再現性の高い計画通りの操作が可能であることが画期的なのです。
レーザーによる白内障手術は「第三の技術革命」
目はとても小さな臓器で、切開をするにも、レンズを挿入・設置するにも、ミリ単位、ミクロン単位の精度が要求されます。これらすべてを、眼科医が繊細な手作業により行っています。優秀な術者であっても、やはり人間ですから、疲れやその日のコンディションなどで手術の精度には若干のばらつきや誤差が出ることは否めません。
こうしたミクロン単位の正確性が求められる手術を、レーザーが代わって行うのが「フェムトセカンドレーザー」による白内障手術です。
このフェムトセカンドレーザーは、すでにレーシック手術や角膜移植などの手術にも用いられていますが、近年、白内障手術にも取り入れられるようになりました。コンピューター制御が可能で、安全かつ精密、計画通りに手術を行うことができます。
レーザー手術は、白内障手術における「第三の革命」
白内障手術には過去三回、革命的な出来事がありました。
第一の革命は、1949年、イギリスのリドリー医師が眼内レンズを発明したこと。第二の革命は、アメリカのケルマン医師が超音波乳化吸引装置を発明したことです。そして、白内障手術にフェムトセカンドレーザーが使われるようになったことが、第三の革命です。
レーザー白内障手術は、2008年にハンガリーのナジー医師により世界初の手術が行われました。レーザー白内障手術は、世界50カ国以上で導入されていますが、日本ではまだ限られた医療機関のみで行われています。
フェムトセカンドレーザーは、フェムト秒、すなわち1000兆分の1秒といった短い秒数でレーザー光を照射する医療機器です。

従来、人の手によりメスや針などで組織を切開・分割していた作業を、レーザー(光)がかわって行います。従来の手術では、眼科医の感覚や感性、経験などによって行われてきた「角膜切開」、「水晶体前嚢切開」、「水晶体分割」といったプロセスを、フェムトセカンドレーザーにて行うのです。
重要な点は、フェムトセカンドレーザーを用いることでコンピューター制御が可能になり、いつも同じ手術操作ができることです。
レーザー技術が白内障に応用されるようになったワケ
医師の手による術式で安全に白内障手術が行われていたのに、どうしてレーザー技術が白内障に応用されるようになったのでしょうか。その背景には、プレミアムレンズと呼ばれる高機能の多焦点眼内レンズの登場があります。
従来の眼内レンズは、遠くか手元か、どちらか1点にしかピントが合わない単焦点でした。しかし現在は、「プレミアム眼内レンズ」と呼ばれる、遠く、中間、手元の3つの距離にピントの合う多焦点眼内レンズや、遠くと手元または中間の2つの距離にピントの合う2焦点眼内レンズ、乱視矯正ができるトーリック眼内レンズなど、多機能の眼内レンズも使われるようになりました。

このプレミアムレンズの登場により、白内障手術は、単に「水晶体の濁りを取りのぞき、矯正視力を回復する手術」から、「1人ひとりに最適な眼内レンズを選び屈折と老眼を矯正し快適な見え方を手に入れる手術」へと進化しました。
プレミアム眼内レンズの機能を発揮するためには、眼内レンズが真ん中に大きく傾かずに固定されていることが重要です。特に、多焦点眼内レンズは、眼内レンズの傾きや偏心(中心からずれること)に弱く、単に多焦点機能が発揮されないだけではなく、変な見え方になってしまうことがあります。手術直後だけではなく、術後水晶体の袋が収縮しても眼内レンズが真ん中に大きく傾かずに固定されている必要があるのです。
このために眼科医が気を遣うことの一つが、正確な前嚢切開なのです。

正確な前嚢切開の必要性を痛感した出来事がありました。ヨーロッパの3焦点眼内レンズを用いた白内障手術を他院で受けていた方でしたが、2、3ヶ月して見えにくくなったと来院されました。裸眼視力は0.9でした。
診察してみると、前嚢切開縁が眼内レンズから少しはずれて眼内レンズが少し傾いていました。おそらく術後に嚢が収縮したことが原因です。単焦点眼内レンズなら、この程度の傾きであれば影響はあまりないのですが、多焦点眼内レンズでは影響が大きいのです。眼内レンズを90度回転させて固定し直すことで、翌日から裸眼視力が1.2にまで回復しました。
理想の前嚢切開は[図表]の左側のように切開縁がきれいに眼内レンズの縁を360度カバーすることです。同図右上側は前嚢切開がやや大きくて少し中心からずれたため前嚢切開縁が眼内レンズ縁からはずれています。

術後数ヶ月経って嚢の収縮が起きた後も360度カバーしていることが重要です。このためには、できるだけ前嚢切開が正円で中心部にあり適切な大きさであることが重要なのです。
「前嚢切開を小さくすれば外れにくいのではないか」と思う方もいらっしゃるかもしれません。確かに[図表]の右下側のように外れにくくはなるのですが、水晶体前嚢は術後多少なりとも濁ってきますので、前嚢切開部位のエリアが実際に多焦点眼内レンズの機能するエリアということになります。すなわち、前嚢切開が小さすぎてしまうと、多焦点眼内レンズのすべてのエリアを効果的に使えなくなるのです。
つまり、理想の前嚢切開とは、眼内レンズの直径(多くは6ミリ)より少し小さく(4.8〜5.2ミリ前後)水晶体嚢の中心部にできるだけひずみのない正円に作成されたものを指します。そして、この理想の前嚢切開を行うためにはコンピューター制御されたレーザー白内障手術が最適であることはいうまでもありません。
コンピューターが最大の力を発揮できるのは、デジタルデータがしっかりしているときです。そのため手術前には、白内障手術ガイダンスシステムを用いて、術前に目のかたちを精密に測定しデジタルデータ化します。そのデータに基づいてコンピューターが前嚢切開の場所や切開創の大きさなどを正確に決定し、レーザー手術操作を行うのです。そしてデジタル制御されたレーザーにより、ミクロン単位の正確さで切開を行います。
レーザー白内障手術は、このガイダンスシステムと併用してこそ、さらに最高のパフォーマンスが発揮できるといえます。
眼内レンズの進化とともに必要な存在として発達したフェムトセカンドレーザーは、プレミアムレンズを用いた白内障手術には絶好のパートナーといえます。
板谷 正紀
医療法人クラルス 板谷アイクリニック銀座 院長