
※本記事は、株式会社トータルエージェントが運営するウェブサイト「不動産・相続お悩み相談室」から抜粋・再編集したものです。
「あっという間でしたね」一人息子と再会するも…
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≪これまでの経緯≫
横浜市在住のAさんは実業家として成功し、プライベートも充実。しかし弟のBさんは、運悪く事業に失敗して多額の借金を抱えてしまいました。年を取るごとに僻みっぽくなり、家庭では横暴にふるまうBさん。愛想をつかした奥さんは、数年前、ひとり息子を連れて家を出てしまいました。
そんなある日、AさんはBさんから余命宣告を受けたことを知らされてショックを受けますが、その一方でBさんの債務が気がかりであり、相続人全員の相続放棄を検討しています(『借金アリの弟が余命宣告…子の相続放棄で返済義務はだれに?』参照)。
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病床のBさんは、Aさんのはからいで、成人したばかりの一人息子のDさんと再会を果たすことができました。最初はやや他人行儀であったものの、Dさんは次第に父親に歩み寄り、以降は週に数回見舞いに訪れるなど、親子の時間を共有しました。
ところが、息子との再会で元気を取り戻したかに見えたBさんでしたが、ある日、病状が急変し、医者の宣告よりも早く帰らぬ人となってしまいました。

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「A伯父さん、あっという間でしたね」
Bさんの葬儀後の食事会で、DさんがAさんに話しかけてきました。
「本当にね。でも、D君に会えて、Bはすごく喜んでいたよ。それだけはよかったと思っている」
「ただ、伯父さんが心配していたことはきちんと聞けないままでした。もっとも、聞く限りでは負債ばかりだと思いますが…」
AさんはDさんに、仕事で縁のある司法書士の名前をあげ、相談してみようと持ち掛けました。
借金の額がわからないまま急逝、困った兄と息子は…
数日後、AさんとDさんは、都内の司法書士事務所を訪れました。
「先生、先日はありがとうございました。弟なのですが、容体が急変して、医師の宣告より早く亡くなりました。本人とは肝心なことが話せないままになってしまって…」
「そうだったんですか。それは大変でしたね」
「父が亡くなってから、伯父と一緒に自宅を調べたのですが、通帳や印鑑は几帳面に保管されていました。正確な残高はこれから調べていきたいと思います。伯父が見てくれた限り、倒産してからは請負の仕事だけで生活していたみたいです。自宅マンションも賃貸ですし、やはり、残っているのは社長をしていたときの借金だけかな、と…」
「なるほど。状況は大体わかりました。相続放棄の手続きは、亡くなってから3ヵ月以内ですので、速やかに動いていきましょう。まずは息子さんのDさんから手続きを進めて、そのあとに施設にいらっしゃるご両親にお願いしましょう」
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「承知しました」
「預金の正確な残高は金融機関で調べなければなりませんが、現状では調査や照会だけにしてくださいね。もしも解約してお金を使ってしまうと、〈法定単純承認〉といって、相続を承認したことになり、相続放棄できなくなりますから、要注意ですよ」
債務超過額が判明!まずは両親のもとへ駆け込み…
AさんとDさんは司法書士の指示に従い、資産状況を調べたところ、なんと約2000万円の債務超過でした。そこでまずはDさんが家庭裁判所に申述書等の相続放棄の手続きに必要な書類を提出すべく、準備をはじめました。
Dさんのあとは、施設にいる両親に相続放棄の手続きをしてもらわなければなりません。
Aさんの両親は、必要なケアの度合いに違いがあるため、それぞれ別々の施設で暮らしています。父親は特別養護老人ホームに入居しており、最近は軽い認知症の兆候が見られます。母親は父親にくらべるとまだ元気ですが、生活にサポートが必要なため、サービス付き高齢者向け住宅で生活しています。
Aさんは司法書士とともにそれぞれの施設を回り、事情を説明して同意を取りつけ、無事に書類を揃えることができました。両親の相続放棄の手続きがすめば、あとはAさん自身が相続放棄の手続きをして、すべてが終了です。
相続人が認知症で〈意思能力なし〉だったら?
母親が暮らす施設を出たあと、Aさんは司法書士を駅前のカフェに誘いました。
「先生、いろいろありがとうございます。無事に手続きが進んでいて一安心です。弟も飲んだくれて生活は荒れていましたが、やはり元経営者だからでしょうか、通帳や書類は意外と几帳面に整理してあって驚きました。Dもすごく頑張ってくれたし」
「本当によかったです。最初、弟さんのご家族とは疎遠だと伺っていたので心配したのですが、円滑に話が進んで私も安心しています。D君、20歳になったばかりなのにしっかりしていて、頼もしいですね」
Aさんは司法書士の言葉に微笑んだあと、手続きについての疑問をぶつけました。
「でも先生、資産状況が把握できないケースは少なくないでしょうね。そういうときはどうするんですか?」
「そうですね、相続放棄の判断に必要な遺産調査期間が長引いて、3ヵ月では足りなそうなら、家庭裁判所に期間延長を申立できますよ」
「そうなんですね。では、相続人が認知症で意思能力がなかったら? うちの場合、母親は心配ないにしろ、認知症の父親がどう診断されるかヒヤヒヤでした。お医者さんは意思能力ありとおっしゃってくれましたが…。もしも認知症の相続人に〈意思能力なし〉の診断が下ったら、相続放棄の手続きは、いったいどうなるんでしょう?」
「一般的には、認知症の程度や親族などの関係者の事情によって、相続放棄するかどうかを判断するんです。もし、相続人に意思能力がまったくない状態だったら、原則として後見人が必要です。とはいえ、後見人には本人の相続分を確保する責任がありますから、むやみに相続放棄はできないんですよ。債務超過や被相続人と疎遠な関係であれば、放棄も認められる傾向にありますが…。意思能力がない場合、後見人が裁判所に相続財産が債務超過であることを説明できれば、後見人が相続放棄を進めることになるでしょう」
「なるほど…」
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その後、Aさんは無事に相続放棄の手続きを終え、今回の問題は解決しました。仕事をしながら慣れない手続きを進めるのは大変でしたが、自分を含めた相続人が借金を背負い込まないために、時間を割いて乗り切ることができました。
ただし、今回の件で大きな収穫もありました。これまで疎遠だった甥のDさんと交流が再開できたことです。Dさんと以前のような親戚づきあいできることを、Aさんはうれしく思っています。
菱田 陽介
菱田司法書士事務所 代表
髙木 優一
株式会社トータルエージェント 代表取締役社長