子を妬む母、愛し方が分からない父――「毒親」とも呼ばれる彼らの姿。書籍『毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ』(ポプラ社)を上梓した脳科学者の中野信子氏は、「パンドラの箱を開けるような気持ち」で、毒親の実態、そして子の苦悩を語っている。

経験もないのに「プロとしての母親」を求める日本社会

◆母親が全員育児のプロなわけではない

 

人間はどうしてこんなに矛盾と不条理だらけなのでしょうか。進化していけばこれは変わっていくのでしょうか。しかし、人間がいわゆる「完成された存在」のようなものに向かって進化しているのかというと、今現在はとてもそんなことを議論できるようなデータがありません。

 

ただ一ついえることは、様々な環境の変動に対応できるように、わざわざ不完全さを残したしくみとして生きているのが人間なのかもしれません。

 

様々な環境をコントロールできるすべを人間が手に入れたら、このように不完全な形じゃなくてもよくなるでしょう。私たちは衣服や建物、建造物とかエアコンディショニングなどの発達により、たとえば旧石器時代に比べたら住環境は格段の差があります。

 

それでも人間はまだ気候はコントロールできない。災害に対してはかなり免震構造などで工夫はしているのだけれども、地震など天変地異などはコントロールすることができません。そういった面からも、不完全さをなくすにはもう少し時間はかかるのだろうと考えられます。

 

人間は、次世代のことを度外視するなら個人で生き延びるということを優先してやっていればいい。でも生物種として存続することを考えると、次世代に子孫を残すことが優先になってきます。ここで人生におけるプライオリティーの在り方にバリエーションが出てくるのです。

 

パートナーを得ることでプライオリティーの在り方が変わるなら、生き方そのものがそこでリセットされて、一からまた練習し、実践していかないといけない状態になるということです。

 

女性は、初産の場合、母親としての経験がゼロの状態からスタートしないといけません。女であった人生での戦略から、母である人生の戦略へと、シフトチェンジしないとならなくなります。幼い頃に弟や妹の面倒を見たり、身近な誰かの育児を手伝ったり、ベビーシッターの経験があったり、情報を見たり、聞いたりして得る部分というのはもちろんあるのだけれども、自分で育てるというのは、誰もが初めての経験です。

 

合理的な社会システムをもし組むことができるとしたら、母親のプロフェッショナルみたいな人がいて、その人に養育を任せるのが一番合理的です。これは歴史的によくできていた時代もあります(階層によりますが)。

 

一握りの人たちではあったけれども、乳母(めのと)という人たちが、養育者のプロフェッショナルとして、養(やしな)い君(ぎみ)を、養育、教育してきたのです。血筋もはっきりしていて、健康状態も良く、教養もあるという、母親として、養育者として選抜された女性たちがそれです。

 

遺伝子と子宮は産みの母親、養育者としては乳母が、という形のほうが合理的なんじゃないかと私は思いますけれども、今は家族の形がどうしてもシングルユニットなので、母親が体の復調を待たぬ間にワンオペで育児せざるを得ないのでかなりの負担がかかります。

 

養育者としてもプロでなければならない。経験もないのにいきなりプロであることを求められる。とくに日本ではそうかもしれません。

 

プロでもないのにミスをする、あるいは〝理想的な姿でない〟だけでひどく糾弾される。そのような殺伐とした状況の中、母親になることはかなりしんどい状況ではないでしょうか。母親がプレッシャーとストレスを抱えた環境で育つ子どもたちも、相当とばっちりを食らっているであろうことは容易に想像できます。

 

子ども側から見ると「毒親」という表現になってしまいますが、いきなり子育てのプロにさせられてしまうという親側の逼迫した精神状態も影響しているのではないでしょうか。

 

自分だって不完全な育ち方をしているのに、いきなり完璧なプロとしてやっていくことを求められてもまず無理ですし、プレッシャーばかり大きくて心がつぶれそうになってしまうのではないでしょうか。社会のサポートもなかなか得にくく、父親は食いぶちを稼いでくるのに精いっぱい。そうなってくると八方塞がりになります。

 

セーフティーネットがしっかりしている社会と、そうでない社会ではどれぐらい毒親になる人の割合に差が出てくるのか。社会学者の方たちの調査が行われているのなら、ぜひ知りたいと思っています。

 

アメリカでは中絶禁止の解除の、20年後から犯罪率が低下したことがいわれて話題になりました。母親の追いつめられた精神が社会全体に与える影響は小さくないのです。

 

社会全体で母親をフォローするシステムがあればとも思いますが、まずは糾弾することにもっと慎重である社会であってほしい。ほんの少しのことを大げさに取り上げて、よってたかって責めたてるという仕組みさえ抑えられれば、母親の側ももっと余裕をもって育てられると思うのです。

 

母親が全員育児のプロなわけではない
母親が全員育児のプロなわけではない

「それは私が男でも聞きますか?」

私は結婚してから「ご飯は作っているの?」と聞かれることがふえました。極めて不愉快でしたので「それは私が男でも聞きますか?」と逆に問いかけました。

 

最近は日本でもだいぶ意識が変わってきたとは思いますが、それでも、育児中の母親という存在がマイノリティーであり続けるかぎり、周りは言い続けるでしょう。言い返さなければ一方的に言われるばかりになります。

 

セーフティーネットに代わり得るものとして、社会全体であまり母親のことを責めないという意識を持つ。でも実現は難しいでしょう。

 

それに、母親を責めるなということを声高に訴えると、かえって責める人が出てきます。母親を責めない社会になったらなったで、母親を特権階級みたいに思う女性が出てくる。そうするとまた「ほれ、見たことか」と言って、責め続ける人が出てくる。結局は堂々巡りになってしまうのかもしれませんが、それでもやはり母親を過度に糾弾しない社会であってほしいとは願います。

 

あとは、母親のサポートシステムを、ビッグデータと機械学習によるAIによって組んでしまうということも考えられるかもしれません。

 

専業主婦が多く、子どもも多かった時代の日本は、近所の人たちが手を貸し合って、地域で育てましょうという社会がありました。現代の若い母親たちは育児の相談を自分の母親や近所の人にするのではなく、ネットに頼る傾向があります。家事の中心的なものである料理も、ひょっとしたら親から学ぶよりクックパッドのようなデータの蓄積されたサイトから学ぶことのほうが気軽で、頻度も高くなってきているかもしれません。

 

子育てに関する情報も、かなりの割合をネットに頼る時代になってきています。心理的サポートもして、生活の知恵のサポートもして、外にパートに出る代わりにヤフオクやメルカリなどで不用品を売ったり、まさにセーフティーネットがインターネットになっているのかもしれません。もちろん、すべてがネット頼りというわけにはいきませんが、生活の何割かは確実に頼っている状況でしょう。

 

じきに育児や家事をやってくれるロボットもできるでしょう。そうなったらなったで、親を含む上の世代の人から「ロボットを使うなんてよろしくない」と眉をひそめられるかもしれませんが。いつの時代も、上の世代の人は進化する社会に対して「すぐに新しいものに飛びつくな」「昔ながらのやり方が正しい」と言うものです。

 

しかし、よく考えてみれば、新しい情報入手の手段や技術を使うことのいったい何がよくないのだろうと思いませんか。それはあくまでも前の世代の感覚。たしかに一世代前の人の生活感覚とは違うかもしれないけれども、これからの生活に適応した形になっていればそれでいい。むしろ、頑なな人のほうが置き去りにされてしまう時代です。

 

いつの時代も世代間のせめぎ合いがあって、親側としては子どもを旧社会に適応できるように育てようとします。しかしながら、社会はどんどん進化する。そのスピードに親が適応できず、子どものほうが先に行ってしまう。ゆっくり社会が変わる場合には子どもも親の言うことを聞く、で問題は起こらないのですが、さすがに現代はそういうわけにはいかないでしょう。前世代の言うことをよく聞く素直な人ほど、時代に追いつかなくなり、置いていかれてしまう時代です。

 

ここ100年ぐらい……19世紀末ぐらいからそうした傾向が出始めてきたのではないかと思います。産業革命があり、IT革命があって、個人の生活スタイルも人生設計も激変しました。

 

旧世代の人はどんどんついてこられなくなる。ネットのこと、アプリのことなどは親よりも小学生の子どものほうがよく知っているなどという状況です。養育者がすべてを教えることはもはや不可能な時代です。いずれ子どもの養育を一手に担う「子育てAI」も登場するでしょう。むしろ、AIに育てられるほうが良好な経過をたどる人も出てくるだろうと思います。

 

 

中野 信子
脳科学者

 

 

本記事は、中野 信子著『毒親』(2020年3月25日・ポプラ新書刊)より一部を抜粋・編集したものです。最新の情報には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

毒親 毒親育ちのあなたと毒親になりたくないあなたへ

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