高齢者の「家賃滞納」問題。法律に基づき退去させることも可能だが、財産の少ない高齢者への強制執行に、苦しむオーナーも少なくない。そこで本連載では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より、高齢者の賃貸トラブルの実例を挙げ、その実態に迫っていく。

「受け取ってくださいよ」「うるさい」の押し問答

家主は当初「取り壊したいので立ち退き交渉を」との依頼でしたが、家賃滞納で訴訟することにしました。その方が簡単に明け渡しの判決がもらえるからです。ただ二郎さんが83歳の高齢ということで、強制執行もできるかどうか分かりません。解決までには相当難航することが予想されました。

 

この賃貸借契約には、二郎さんのお兄さんが連帯保証人になっていました。杉山さん(兄)は86歳。奥さんに先立たれ、一人で自宅に生活されていますが自分のことだけで精一杯。もともと兄弟仲も良くないので、この件が明るみになるまでは全く連絡を取り合っていません。杉山さんには、お子さんもいません。頼れる身内は他に誰もいない状態でした。

 

滞納していることを知り、杉山さんが二郎さんに対して家賃を払うよう声をかけましたが、二郎さんは聞く耳を持ちません。杉山さん自身も自分では何もできないということで、「訴訟でなんとかしてください」とのこと。早速賃借人である二郎さんと杉山さんを相手に、訴訟を提起しました。

 

二郎さんは裁判所からの訴状を受け取りません。訴状は特別送達で手渡しなのですが、郵便局員の方を「うるさい」と追い返してしまいます。室内にいることは分かっているので、私たちも現地に行って「受け取ってくださいよ」と扉越しにお願いしたのですが、最終的に受け取ってもらえないまま手続きは進みました。

 

お兄さんは「払わない弟が悪いので、追い出してください」という内容の答弁書を裁判所に提出。裁判の当日は、二人とも欠席。争いもないことから、さっくりと明け渡しの判決は言い渡されました。

 

ここからが問題です。若い人ならいざ知らず、高齢者の場合には強制執行で追い出したら生きていけないよね、ということで執行不能となる可能性があります。今回の場合、年齢からも状況からも、正面からいけば確実に執行不能となるでしょう。そうならないために、予めの根回しが必要です。まずは家主と一緒に、執行官のところに相談に行くことにしました。

 

「家主さんも被害者だろうけどね。やっぱりこの年齢じゃ、不能にせざるを得ないよね。次の転居先を確保してくれたら、そっちに執行で連れて行くってことができるけどね」

 

執行官の表情から、かなり状況が厳しいことは読み取れました。

 

しばらく家主、私、執行官で話をして、とりあえず執行は申し立てる、形式的に催告はする(二郎さんに転居しなければならない認識を持ってもらう)、二郎さんには黙って執行を中断する、催告の調書をもって緊急性があるということで役所等にかけ合って転居先を探す、という方法を取ることにしました。

 

次回(4/30)に続く

 

<同連載>

【第1回】家賃滞納「70万円超」…窃盗を重ねる「独居老人」の行く末

 

【第2回】「もう部屋には入れないよ」73歳・独居老人に強制執行の末…

 

【第3回】消えた家賃滞納者…建物取り壊しが決定、独居老人の終着点は

 

【第4回】20万円超の「家賃滞納」で強制執行、父が急死して息子は…

 

【第5回】鬱か認知症か…80万円の家賃滞納で強制執行、急転直下の結末

 

 

太田垣 章子

章(あや)司法書士事務所代表/司法書士

 

 

老後に住める家がない!

老後に住める家がない!

太田垣 章子

ポプラ社

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