一向に落ち着く気配のない「新型コロナ感染拡大」。トランプ大統領がインフルエンザと新型コロナを並べ「大した問題ではない」といった旨を主張してから1ヵ月もせずに状況は激変し、4月17日現在、アメリカでの死者数は3万人を超えた。ロックダウン(都市封鎖)をはじめとした政策による経済的影響は、深刻化する一方だ。Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence BankのCIO、長谷川建一氏が解説する。

2020年第1四半期の振り返り~強気の相場が一変

◆強気の相場が一変した2月後半

 

2月前半までは、新型コロナウイルスの感染拡大を対岸の火事のように捉えていた欧米だったが、2月後半に入ると、感染拡大を阻止するため人的な移動制限措置が取られるようになり、企業活動や消費にまで大きな影響が及ぶようになった。強気だった金融市場では、相場が振れを伴った大荒れの展開に一変した。そして、新型コロナウイルスの感染が拡大し、欧米諸国が、中国を上回る規模の感染者数・死者を抱える事態に陥ると、経済的な影響が世界を蝕むことを恐れ、市場はリセッションを織り込む展開となった。感染拡大の影響は、当初、過小評価されており、まさに死角を突かれた格好になった。

 

3月に入ると、世界各国の政府は、感染予防策として、いわゆる社会距離政策を導入した。しかし、人的移動の制限も加わったこの対策は、労働者の確保を難しくし、工場などでの生産活動に支障をきたした。サプライチェーンにおいては、部品生産が遅延することで、最適なタイミングでの供給を困難にし生産数量に影響が出た。また外出自粛は、消費活動を抑制することになり、消費全般にマイナスな効果をもたらし、娯楽や旅行、飲食といった業種では需要(消費量)が深刻な落ち込みを見せている。

 

◆金融政策は先行して対応

 

各国はG7、G20、もしくはそれを超えた枠組みで、協調姿勢を取った。ここ数年間、独善的に各国が自らの利益のみを主張し対立することで分断されがちだった多国間外交の傾向が、新型コロナウイルス禍で、国際協調・協力の流れに引き戻されたことは、皮肉なことだが、評価すべきことだろう。

 

各国が取るべき政策は、「① 企業や政府部門の資金繰りを支援するための流動性の確保とそれを確実にするための量的な緩和措置」「② 経済的なコストを低減させるための金利引下げを含む実質的な借入れ金利の引下げ」「③ 需要回復のための財政的支援政策」「④ 生活維持のためのヘリコプターマネー的な現金等の給付」といったものが考えられる。各国の実情により濃淡はあるが、金融政策が先行する形で①②として発動され、③④も財政政策として米欧日が足並みをそろえて準備をしている。

 

金融政策で、行動が早かったのはFRB(米連邦準備制度理事会)である。3月3日と同15日に、それぞれ0.50%、1.00%と大幅に利下げを敢行、計1.50%にも及ぶ利下げを実施して市場を驚かせた。その後、金融面での経済支援策として、適格債券の購入を通じた量的緩和策にも踏み切った。さらに、MBS(政府機関保証付きの住宅ローン担保証券)も事実上、無制限に購入することができるようにした。

 

また、社債発行やローンによる企業の資金調達を支援する「プライマリー・マーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティー(PMCCF)」や、既発社債に流動性を供給する「セカンダリー・マーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティー(SMCCF)」も新設した。

 

通常、FRBは市中金融機関以外と直接的な取引をしない。今回の仕組みは、企業や州政府、地方自治体とも、直接、金融市場を介して取引をするもので、資金が確実に行き渡ることを徹底したプログラムであるといえる。

 

そして、FRBは追加金融措置として、3月22日以降に投資適格から投機的格付けに格下げされた社債を購入することも発表した。FRBのバランスシートを使って、投資不適格な債券を買い入れるというのである。パウエルFRB議長は、米メディアとのインタビューで、与信の流れが滞ることのないよう積極的かつ核心を突くやり方で対策を講じると言明したが、ここまで異例の取り組みを行うというのも、たいした決意の表れである。

 

ECB(欧州中央銀行)も7500億ユーロ(90.6兆円)規模の新型コロナ対策緊急プログラムとECBが購入する国債の買入れ上限を撤廃した。これまでは、ECBが購入する国債の上限を発行残高の3分の1まで定めていたが、新緊急プログラムにはその制限が適用されない。これまでECBの買入れ対象債券より期間が短かった債券やギリシャ国債も購入可能にした。ドイツやオランダなど、量的緩和へのアレルギーを示していた反対派を押し切って大規模緩和に踏み切ったことは大きな一歩といえるだろう。

 

日銀も、年約6兆円相当のペースで買い入れていたETFの上限を年約12兆円とし積極的な買入れを行うことを決定したほか、年約900億円を上限とするREITの買入れを年1800億円までに増額、企業の資金繰り支援のために約3.4兆円を目処に金融機関向けに資金供給オペを実施、金融機関に6月25日までゼロ金利で資金を貸し出すことを決めた。ただ、金融機関の経営を気遣い、マイナス金利の深堀りは回避した。

 

さらに、米FRBと日本銀行、ECB、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国立銀行の6ヵ国の中央銀行は協調して、米ドル・スワップ取決めを通じた流動性供給を弾力的に行うことも発表した(のちに15ヵ国の中央銀行に拡充)。資金決済のために、基軸通貨である米ドル需要は、急拡大したため、それに対応した措置である。

 

2月前半まで「対岸の火事」だった
2月前半まで「対岸の火事」だった

市場は「政府の金融政策」への懐疑的な見方を崩さず

◆金融政策だけでは力足らず、財政政策へ

 

FRBの緊急追加利下げや6ヵ国中央銀行の協調行動に対して、市場の反応は当初、肯定的に受け止めたとは言い難かった。3月15日に実施された米FRBによる1.00%の緊急追加利下げに加え、FRBに追随して各国の中央銀行が実施した金融緩和も、かえって金融緩和策が打止めになるとの手詰まり感を強めた。FRBの果敢な判断にも、市場の目はかえって事態の深刻さに向いてしまい、景気後退懸念が浮き彫りになった形となった。

 

ただ、今回の危機は、生産設備が破壊されたわけでも、大量の労働力が失われたわけでもない。失われたのは需要である。それを補うだけの需要刺激策を各国政府が採用すれば、理論的には、経済の活力を回復することは可能である。もし、短期間で感染拡大が収束すれば、失われた需要を取り戻すコストも一定水準で収まることになり、財政政策と金融政策のパッケージで支えることは可能となる。

 

市場が当初、懐疑的ではあったように、金融政策の効果だけでは不十分との見方が大半である。市場は、政策当局が新型コロナウイルスの感染拡大による経済的悪影響をどこまで効果的に回避できるのかを疑問に感じている。また、事態が長引けは、財政状況の厳しい世界各国の政府部門がそのコストを引き受けるのは難しくなり、景気への負の影響が大きくなる。場合によっては、深刻な景気後退に陥る可能性が高まる。まさに、岐路にあるといえるだろう。

迅速に大型財政政策の発動に動いた米欧…日本も追随

米国議会では2兆ドル(約220兆円)の景気対策法案の成立が、いったんは今年11月の大統領選挙を睨んで党派間対立から危ぶまれたものの、危機感の共有が進み、2月27日には、トランプ大統領の署名を経て成立した。このスピード感はさすがアメリカ、そしてトランプ政権のよさともいえるもので、高く評価すべきだろう。

 

ユーロ圏でも、財政出動までの動きは素早かった。これまで財政出動に慎重な態度を貫いてきたドイツ政府は、方針を大転換し、3月23日には、新型コロナウイルスの世界的な大流行による経済的な影響を緩和するため、総額7500億ユーロ(約89.7兆円)規模の財政パッケージを閣議了承した。

 

ウイルス拡散防止策に35億ユーロ、パンデミックへの緊急対策用として550億ユーロ、保証請求対応に約59億ユーロを引き当てるほか、中小企業への給付金として500億ユーロなどが盛り込まれた。さらに、6000億ユーロ規模の企業救済ファンド「経済安定化基金」を設立し、本来健全だった企業の流動性と支払い能力を確保するという内容である。財源は、憲法で定められている借入れ制限を一時停止した上で、新規国債を発行して賄うという。

 

一歩遅れた感のある日本政府だったが、大都市圏での新型コロナウイルスの感染拡大を受け、安倍首相が4月7日夜、改正特別措置法に基づく「緊急事態宣言」を7都府県を対象に発令した。同日、緊急経済対策として、財政支出39兆円、事業規模108兆円の「世界的にみても最大級の経済対策」を発表した。GDP(国内総生産)の2割の規模で、リーマンショック時に発動した2009年度の経済対策を上回る過去最大級の対策である。

 

 

長谷川 建一

Nippon Wealth Limited, a Restricted Licence Bank(NWB/日本ウェルス) CIO

 

本稿は、個人的な見解を述べたもので、NWBとしての公式見解ではない点、ご留意ください。

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