
私たちの「見える」を支えている黄斑は、実は多方向からの脅威に晒されています。今回は、医療法人クラルス・板谷アイクリニック銀座院長である板谷正紀氏の著書『目の悩みは眼底を疑いなさい「見える」を支える“黄斑”のチカラ』より一部を抜粋し、代表的な黄斑疾患の分類や原因について解説します。
黄斑の病気は、原因部位から3つに分類できる
文明を生み出したのも、心の機微を映し出す微細な表情が生まれたのも、それを読み取る黄斑に「見る力」があるからです。つまり、黄斑があるからヒトは人間になったといえるでしょう。(関連記事:「ヒトは「黄斑」で恋をする?暮らしを支える目のチカラ」)
しかし、その重要な器官である黄斑を損なう病気が増えています。
黄斑の病気はその原因の部位から大きく3つにわけることができます。実は、黄斑は後ろからも前からも中からも脅威にさらされているのです。
◆網膜の土台の故障で血液中の水分が漏れる病気(後ろからの脅威)
黄斑は、すぐ下にある色素上皮細胞や脈絡膜などによって酸化ストレスから守られています。この網膜の土台ともいえる部分にトラブルがおきると、逆に土台から黄斑を痛めつける問題が引きおこされるのです。

主な病気:加齢黄斑変性、強度近視脈絡膜新生血管黄斑症、中心性漿液性脈絡網膜症
主な治療法:抗VEGF薬治療で土台の部分の漏れを止めます。
◆網膜の血管から血液中の水分が漏れて黄斑が腫れる病気(中からの脅威)
網膜にも血管があり、酸素や栄養を送ったり老廃物を運び出したりしています。静脈や毛細血管が詰まると、血液中の水分が漏れ出て黄斑に溜まり黄斑が腫れてしまいます。

主な病気:糖尿病黄斑浮腫、網膜中心静脈閉塞症による黄斑浮腫、網膜静脈分枝閉塞症による黄斑浮腫、黄斑部毛細血管拡張症
主な治療法:抗VEGF薬という薬を硝子体に注射して黄斑の腫れを引かせます。
◆硝子体が黄斑を引っ張って起きる病気(前からの脅威)
通常、若い頃までは硝子体と網膜とはぴったりくっついているのですが、加齢とともに硝子体はボリュームが減り徐々に網膜からはがれます。このときうまくはがれないとさまざまな病気を引きおこします。

主な病気:黄斑円孔、黄斑前膜(=黄斑上膜)、強度近視網膜分離症(近視性牽引黄斑症)
主な治療法:硝子体手術を行い、黄斑にかかっている無理な力を解除し、黄斑の形が元にもどるように促します。
黄斑の病気は「光干渉断層計(OCT)」で診断できる
こうしたさまざまな黄斑の病気の診断と経過観察には光干渉断層計(OCT)が使われます。なかには、強度近視網膜分離症のようにOCTが登場してはじめて見つかった病気もあります。
筆者の板谷は、現在普及しているOCTの開発に参加し、OCTを用いた黄斑疾患の診断に関する論文を多数報告してきました。安野嘉晃先生(現筑波大学教授)と株式会社トプコンとの共同研究で世界初のスペクトラルドメインOCT診断機器のベースができました。
この新しいOCTのプロトタイプ機を京大病院で使い始めた当時(2005年頃)、国内では誰も見たことがない黄斑疾患の詳細な病変像が次々と得られ、毎日興奮して研究に取り組みました。どのように黄斑疾患が起きるのか? どのように悪化するのか? どのように治るのか? などさまざまな黄斑疾患について考え抜く日々を過ごしました。

恩師吉村長久京都大学名誉教授との共著「OCTアトラス」(医学書院)はその集大成です。

共著:吉村 長久・板谷 正紀
また、最近では、OCTアンギオグラフィーという最先端技術が普及し、副作用のリスクのある造影剤を用いなくても黄斑疾患を診断できるようになってきました。なかには脈絡膜新生血管を伴う慢性中心性漿液性脈絡網膜症のようにOCTアンギオグラフィーを用いないと診断できない病気も見つかっています。
網膜新生血管と無灌流領域が映っている

89~108ページ
Masanori Hangai著
「真ん中が見えない」ことは大きなストレスに…
こうした黄斑の病気によってさまざまな症状がでます。なにしろ意識的に何かを見たいと思ったときに働くのが黄斑ですから、そこが崩れてしまうと、視野の中央が歪んだり欠けたりしてしまいます。
真ん中が見えないストレスを、みなさんは想像することができるでしょうか? 周囲は見えているので、介助がなくても生活することは可能です。人込みを歩くこともできます。けれども自分が「見たい」と思ったところに限って、歪んだりぽっかり穴が空いたように見えなかったりするのです。
私たちはコミュニケーションにおいて「人の目を見て話す」ことを、とても大切にしています。会話をしながら相手の表情を注意深く観察し、反応を探ります。もっと言えば、相手の目の中にその人の真意を見ようとしますし、こちらの誠意を伝えるために自分の目を見てもらおうともします。
そこには単に「ものを見る」という行為を超えた、人間ならではの本質があります。黄斑のくぼみが壊れてしまうと、それができなくなってしまうのです。その辛さや悲しさは想像を絶するものがあります。

くぼんでいる黄斑が正常
健康な黄斑にはきれいなくぼみがあります。くぼんでいると病気なのかと勘違いしそうですが、なめらかにくぼんでいるのが正常なのです。黄斑の病気では、この黄斑のくぼみがなくなります。ものが歪んで見えたり、ものが大きく見えたり、逆に小さく見えたりします。
なぜくぼみがあるのでしょう?
1つは、黄斑は中心になるほど錐体細胞の密度が高くなりくぼみの底に当たる直径0・2㎜の中心小窩には錐体細胞しか存在せず最高の視力を得ています。くぼみは網膜の1%にも満たない狭い面積ですが、対応する脳の視覚皮質での面積は50%以上にもなります。
中心小窩には網膜血管がなく他の神経細胞も存在しないためもっとも薄くなっているのです。高い解像力の映像情報を得るために余分なものはほとんどなくしたのがくぼみの底なのです。では「黄斑のくぼみがなくなる」とはどういうことでしょう?
それには、実際の「OCT」(光干渉断層計)が映し出す黄斑の姿を見ていただくのがわかりやすいと思います。OCT画像を見てください。これはOCTで、眼球の後ろ側(網膜の部分)の黄斑を含む網膜の断面を撮影したものです。
さて、次の[図表7]を見てください。網膜がいくつかの層になっていますが、中央に近づくにつれてやや盛り上がってからくぼんでいるのがわかるでしょう。これが健康な黄斑のくぼみです。

ところが、[図表8]はどうでしょう? 本来はくぼんでいなければならない部分が逆に盛り上がっていたり、土台からはがれて持ち上がったり、孔があいてしまっていたり、黄斑表面に膜が張ってくぼみがなくなったり……いずれにせよ、黄斑のくぼみの形が変化してしまっているのがおわかりいただけると思います。

黄斑のくぼみがなくなる主な原因は次の4種類になります。
黄斑変性:黄斑の土台から血液成分が漏れ出し黄斑が剥離したり、むくんだりしてくぼみがなくなってしまう。
黄斑浮腫:網膜血管から血液成分が漏れ出して黄斑が腫れてしまいくぼみがなくなる。
黄斑円孔:硝子体によって黄斑のくぼみが引っ張られて破れ、孔があいてしまう。
黄斑前膜:黄斑のくぼみの上に張っている硝子体の膜が厚くなり縮んで黄斑を肥厚させ、くぼみがなくなる。
現象としてはいずれも「黄斑のくぼみがなくなってしまう」のですが、その原因や部分や壊れ方によって治療法は変わってきます。
板谷 正紀
医療法人クラルス 板谷アイクリニック銀座 院長