ヒトは「黄斑」で恋をする?暮らしを支える目のチカラ

「視界が歪む」「目がかすむ」など目に関する悩みには、失明につながる「黄斑」の病気が隠れている可能性があります。早期発見・予防のために、「黄斑」の知識を身に付けましょう。本連載は、はんがい眼科・板谷正紀理事長の著書『目の悩みは眼底を疑いなさい 「見える」を支える“黄斑”のチカラ』より一部を抜粋し、代表的な黄斑疾患の原因と症状について解説します。

「黄斑」を守るためには、生活習慣の見直しが必要

私たちの黒目の奥には、両手いっぱいにセンサーの束を抱えた「黄斑ちゃん」がいます。黄斑ちゃんが持っているのは大量の色センサーと、数本の明るさセンサーです。おしゃれが大好きな黄斑ちゃんは、いつも帽子をかぶっています。でもこの帽子は紫外線に弱い黄斑ちゃんを守ってくれる大事なアイテムなのです。

 

あなたに素晴らしい世界を見てもらおうとがんばる黄斑ちゃんは、仕事熱心でいつも大忙し。あなたが目を開けば、黄斑ちゃんはどんなに疲れていても仕事に駆り出されます。この瞬間も、ここに書かれた文字を一生懸命追いかけて、情報を脳に送ってくれています。

 

[図表1]はんがい先生考案、仕事熱心な「黄斑ちゃん」

 

黄斑ちゃんの周囲には、網膜くんたちが集まっています。彼らもまたセンサーを持っていますが、その数は黄斑ちゃんほど多くはありません。そして中央から離れるほど網膜くんの人数はまばらになっていきます。網膜くんも、決して怠け者なわけではありません。けれども、なにぶん1人あたりの担当範囲が広いうえに持たされている道具は大ぶりなので、細かな作業には向いていないのです。

 

そういうことですから、あなたはますます黄斑ちゃんを頼りにしてしまいます。あなたが「ここが見たい」と視線を向けると、黄斑ちゃんは飛んでいきます。「あっちが見たい」と目をやると、黄斑ちゃんはきびすを返して向かいます。ものすごい仕事量ですが、黄斑ちゃんは愚痴1つ漏らさず黙々と働いてくれます。ですからあなたも、ついそれが当たり前になってしまうのです。

 

こんな働き者の黄斑ちゃんには常に強いストレスがかかっています。身体でいちばん酸素を消費するのは黄斑ちゃんなのです。その結果、大量の酸化ストレスが発生し、その毒で黄斑ちゃんが傷ついてしまいます。

 

黄斑は傷つきやすい…
黄斑は傷つきやすい…

 

しかし、ご安心を。酸化ストレスから黄斑ちゃんを守る高度な仕組みが発達しているのです。それは、網膜の土台である網膜色素上皮と脈絡膜です。黄斑の強力な守護神なのです。でも、黄斑ちゃんだって歳をとります。

 

歳をとれば、さまざまなストレスから身体を守る仕組みも弱くなり、病気を患いやすくなります。あなたが身体に負担をかける生活を続けると、そのしわ寄せは黄斑ちゃんの負担になります。たばこを喫ったり栄養の偏った食生活を続ければ、黄斑ちゃんを守る守護神が弱くなり黄斑ちゃんは傷ついてしまいます。

 

このままではある日突然、黄斑ちゃんは動けなくなってしまうかもしれません。そうなってからでは遅いのです。

生き物は、それぞれの生態に応じた目を持っている

前項で目の仕組みについてお話ししましたが、これはあくまで「人間の目」の場合です。人間以外の動物の目は、また違った構造をしています。構造が違うということは、見えている世界も違っているということです。

 

たとえば、ウシの視界は前後に330度も広がっています。見えない部分がたった30度しかないといったほうがいいでしょうか。取り込んだ光を網膜にあるセンサーで感知する仕組みは同じですが、私たちが3種類持っている色センサーを、ウシは2種類(青・赤)しか持っていません。そのためウシは、赤と緑の見分けが困難といわれます。

 

人間などと決定的に違うのは、ウシの目には黄斑がないということです。ウシには黄斑がないので見える範囲は広いけれども、視野にくっきり見える部分がありません。ウシの場合、黄斑の代わりに色センサーが多く集まった細長い「網膜中心野」という部分があるものの、私たちのように細かい形の違いまではわかりません。

 

また、赤と緑の見分けが困難ということは、風にそよぐ草原の草とはためく赤いマントが同じ色に見えているということです。ここで「あれっ⁉」と思った人は、少なくないでしょう。世間一般に「ウシは赤い色に興奮する」と信じられているからです。

ウシは「ヒラヒラ」に興奮しているだけ
ウシは「赤いマント」に興奮しているわけではない
 

スペインの闘牛でマタドールが赤いマントをヒラヒラさせると、それに怒ったウシが鼻息荒く突進していく光景から、そのような説が広まったのだと思います。けれども、それこそ真っ赤なうそ。ウシはマントの赤い色に怒っているのではなく、ヒラヒラ動いているモノに興奮しているにすぎないのです。

 

ウシは草食動物で、野生の世界では”食べられる側”の存在です。そのためどこか1点がしっかり見えるよりは、世界を広く全体的に見渡せたほうが便利なのかもしれません。

 

また、ウシにかぎらず多くの哺乳類は進化の過程で一度は夜行性になりました。光の少ない夜の闇では色や形を見分ける能力よりも、明暗の感度を高めてモノのあるなし(敵のいる/いない)を見分ける能力を高めたほうが生き残れる可能性が高まります。そういうことで、生き物はそれぞれの生態に応じた目を持つようになったのだと考えられます。

進化の過程で、「黄斑」を得たのは高等霊長類だけ

哺乳類で黄斑を持っているのは、私たち人間を含む高等霊長類だけです。哺乳類以外ではどうかというと、魚類と爬虫類の一部、それに鳥類のほとんどに黄斑があります。

 

鳥の視力は人間以上で、上空からえさとなる虫が見えるそうです。すごい視力ですね。それは、視力が良くなる色センサー(錐体細胞)しかないからです。その代わり明るさセンサー(桿体細胞)がほとんどなく暗闇ではほとんど見えないのです。鳥目という言葉は、ここからきています。

 

現存する動物の祖先は、約5億5000万年前の「カンブリア紀」に登場したといわれています。生物が「目」を持つようになったのは、この時期だと考えられています。約5億年前の地層から、対象物をはっきり見分けられる目を持った、三葉虫の化石が発見されているからです。

 

生き物の間に”捕まえて食べる側”と”捕まえられて食べられる側”の関係性が生まれ、生存をかけた進化が始まりました。そうした中で魚類の一部に網膜にくぼみを持つものが登場しました。すばやく動く獲物を捕食するために、とくによく見える部分が必要になったのだと思います。

 

現在の魚で黄斑を持っているのは、胸ビレの発達したグループだけです。魚の祖先が進化の過程で、胸ビレを足のように使って陸に上がったという説を聞いたことがありませんか? 

 

目がよく見えるようになったことで、水辺を動く虫が見えるようになり、それを捕食するために胸ビレが発達したのかもしれません。また、陸に近い部分では紫外線や青色光が強くなります。

 

世界を見るために光は欠かせないものですが、同時に細胞を痛めつける存在でもあります。とくに紫外線や青色光は強いエネルギーを持っていて、これを軽減するためにくぼみの周辺には黄色い色素(青色を相殺する反対色は黄色です)が集まり、黄斑になったのではないかという説があります。

ヒトは「黄斑」のおかげで人間になった

魚類の目のくぼみは、爬虫類に受け継がれました。現在のトカゲやカメには、黄斑があります。ということは、おそらく恐竜にも黄斑はあったでしょう。私たちの黄斑が、私たちが海にいた時代の名残だと考えると、なんだかワクワクしませんか? 

 

爬虫類の一部は哺乳類に進化して、その多くは夜行性になります。夜間であれば網膜を痛める強い光はないので、黄斑は遺伝情報の奥のほうに封印されてしまいます。ところがそれが、なぜか霊長類になって”復活”するのです。

 

ヒトの黄斑の中心窩によって得られる情報は膨大で、それを処理するために脳が高度に発達したのだと思います。黄斑がもたらす色鮮やかで鮮明な視覚情報は、脳の感情や理性などを司る部位と強く結びつき、絵画という芸術や文字を生み出したのでしょう。

 

弱い存在であった霊長類が生き残るために道具をつくったり、文字で記録したり、壁画を作成したのも黄斑があったればこそできたのでしょう。それが高度に進歩したものが今日の科学、芸術などヒトしか持たない文明を生み出したのだと思います。

 

ヒトの表情筋は30種類以上あるといわれていますが、心の機微を映し出す微細な表情が生まれたのも、それを読み取る黄斑の見る力があったればこそだと思います。ヒトは黄斑で恋をするのです。

 

まさに「黄斑があるからヒトは人間になった」といえます。

 

板谷 正紀

医療法人クラルス はんがい眼科 理事長

医療法人クラルス はんがい眼科 理事長 

京都大学眼科で網膜と緑内障の研究と臨床に従事。白内障手術、緑内障手術、硝子体手術などを駆使する術者として技術練磨に勤む。
埼玉医大眼科教授、日本眼科手術学会総会長、埼玉県眼科医会理事、埼玉腎・アイバンク専務理事などを歴任。

▼はんがい眼科の公式ブログ「目のブログ」▼
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著者紹介

連載眼科理事長が解説!「見える」を支える“黄斑”のチカラ

目の悩みは眼底を疑いなさい 「見える」を支える“黄斑”のチカラ

目の悩みは眼底を疑いなさい 「見える」を支える“黄斑”のチカラ

板谷 正紀

幻冬舎

欧米の成人失明原因第1位でありながら、あまり認知されていない黄斑疾患。初期症状や治療法、予防法を徹底的にわかりやすく解説した革新的一冊。