※本記事は、『地方勤務医という選択』(医療法人南労会紀和病院理事長 佐藤雅司著)から一部を抜粋・再編集したものです。

習得すべきは、患者のQOLを高く維持する医療

疾病構造の変化によりこれから最も必要とされるのは「治らない病気」を抱える患者のニーズに応える技能です。具体的には疾患の一つひとつを診るのではなく、患者を総合的に診て、QOLをなるべく高い状態でなるべく長く維持する医療の提供です。

 

多くの患者は年齢とともにさまざまな疾患を抱えるようになります。さらにそれらは複合的にリンクしているので、患者を総合的に診る経験を積まなければ、適切な対応の仕方を身につけることはできません。

 

例えば、脳血管疾患を発症した高齢者は、早期の治療により延命し、リハビリテーションで後遺症を軽減できたとしても、嚥下機能の低下により、誤嚥性肺炎を起こす危険性がかなり高くなります。誤嚥性肺炎を引き起こした患者はしばしば経口摂取不良に陥ります。末梢点滴などを使えば必要最小限の栄養をとれますが、やはり体力は低下していき、ロコモティブシンドローム(骨や関節、筋肉など運動器の衰えが原因で「立つ」「歩く」といった機能が低下している状態)を発症しがちです。

 

急激に体力が低下した高齢者は弱っている身体に慣れていないため、ちょっとした段差などが原因で転倒します。腰椎の圧迫骨折や大腿骨骨折といった高齢者に多い大きなケガはそういった高齢者ならではの体力の低下によって生じることがよくあります。骨折を治療するために入院すると、やることがなくなり脳への刺激が減るので、認知症を発症する人もいます。例に挙げたケースはやや極端ですが、私の病院を含め、高齢者比率が高い地方の病院には似たような状態の患者が多数みられます。

 

都市部の病院においても他人事ではありません。今後はいよいよ都市部の高齢化が急速に進むので、あと10年も経たないうちに、地域を問わず国内すべての病院が複合的な疾患を抱える高齢の患者でいっぱいになるでしょう。

 

サブスペシャリティの専門医資格は一つひとつの疾患を治すには有効ですが、複数の疾患を持つ患者にバランスの良い治療を施しながら、患者の望みになるべく近いQOLを維持するための医療を提供するには限界があります。例えば、内科カテゴリーの「呼吸器」をサブスペシャリティとして選択した医師は誤嚥性肺炎の治療には当たれるでしょう。ところが、そこから派生した低栄養や大腿骨の骨折、認知症までを視野に入れた治療についてはほとんど何も分かりません。

 

専門医を作る仕組み上、そうなってしまったのは仕方のないことです。誤嚥性肺炎の患者を診る際、QOLに配慮した低栄養の改善や体力の低下を予防することまでを視野に入れて治療する仕組みになっていないので、総合的な医療を行う技能は習得できないのです。

 

疾患を多数持っている患者が複数の専門医から治療を受けている場合には、診療科ごとに重視している疾患が異なるので、矛盾した治療が行われているケースも見られます。総合的な診療を行っていれば防げる問題ですが、専門の診療科しか診ていない医師はなかなか治療の矛盾に気づくことができません。

 

2018年から始まった新たな専門医制度では、そんな問題を軽減するためようやく「総合診療専門医」という資格が設けられました。ただし、まだスタートしたばかりなので、この資格が実際にどのような能力を保証するのかは未知数です。

 

一方、地方の病院では治すことよりもQOLの維持を優先しなければならない高齢の患者が多いので、患者を総合的に捉える治療がすでに日常的に行われています。また、各診療科を横断的にまたぐ連携や他職種も交えたチーム医療が実現しやすいのも地域医療の特徴です。ですから、若い医師が地方の病院を研修先に選べば、国内社会で将来ニーズが確実に高まる医療を学ぶことができるはずだと私は考えています。

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