高齢者の「家賃滞納」問題。本来、法律に基づき退去させることも可能だが、財産の少ない高齢者への強制執行に、苦しむオーナーも少なくない。そこで本連載では、章(あや)司法書士事務所代表・太田垣章子氏の書籍『老後に住める家がない!』(ポプラ社)より、高齢者の賃貸トラブルの実例を挙げ、その実態に迫っていく。

 

お母さんは20年ほど前に亡くなり、以来鮎川さん一人がここで日々過ごしています。おそらく一度も結婚はしていないのでしょう。若い頃にどこで働いていたのか、どんな仕事をしていたのか、家主は知りません。

 

理由は家主側の世代交代です。5年ほど前の相続で、この不動産を取得したのですが、それまでの対応はすべて先代の家主。管理会社を通さず自主管理だったので、当事者以外は何も分からず、引き継ぎもないまま亡くなってしまいました。

 

そのため家主は親から不動産を取得し、賃貸人たる地位を承継しながら、契約書に記載されていること以外は何も分からなかったのです。

 

家主が相続した段階ですでに鮎川さん以外は空室状態だったので、取り壊したいと申し出ましたが「先代の家主さんは、そんなこと言っていなかった。相続で受けたからって、すぐに出ていけとは何たることか」と反論されてそのままになってしまっていました。

 

敷地に自転車が積まれるようになったのは、それから1、2年経った頃です。

 

73歳と言えば年金世代ですが、鮎川さん自身がきちんと受給しているのか定かではありません。というのも家賃の支払いがまちまちで、安定的な収入があるとは思えなかったのです。日本の高度成長を支えた世代ですが、年金を納めていなかったのでしょうか。

 

自転車が増えてくるのと同時に、家賃も払われたり払われなかったり。もしかしたら若干の認知症も、入っていたかもしれません。気が付いたら5万円の家賃のところ、滞納額はすでに70万円を超えていました。

 

そこで家賃を払っていないことを理由に、建物明け渡しの手続きを進めていくことにしました。

「鮎川さんが警察にいるらしい」…万引きをしたそうだ

鮎川さんはこちらからの書面を受け取っても、何も言ってきませんでした。私が会いに行っても、不在なのか居留守を使われているのか、一向にコンタクトが取れません。置手紙をしても、事務所に連絡もありませんでした。

 

この間にも敷地内の自転車は、日に日に増えていっていました。

 

訴訟の日まであと1週間ほどに迫った頃、家主から「鮎川さんが警察にいるらしい」との連絡が入りました。どうやらスーパーで総菜を万引きしたところを、店員に見つかってしまったようです。

 

警察から家主に連絡があったのは、家主に「身元引受人になってくれないか」という依頼。家主は訴訟手続きにまでこじれている最中なので「店子であることは間違いないけれど、関わりたくない」と断りました。鮎川さんには、身元引受人になってくれる親族はいなかったということでしょうか。

 

結局、万引きした商品の代金が少額だったこともあって、鮎川さんは自転車館となった部屋に、何事もなかったかのようにすぐ戻ってきました。

 

数日後の裁判の日、鮎川さんは自分の言い分を述べる答弁書も出さず、裁判所にも出廷せずで、明け渡しの判決は言い渡されました。このまま明け渡してもらえなければ、強制執行せざるを得ません。何とか任意に明け渡してもらえるよう鮎川さんのところに通いましたが、結局会うことはできませんでした。

 

そして家主は強制執行することを、選択しました。

 

【次回へ続く】

 

太田垣 章子

章(あや)司法書士事務所代表/司法書士

 

老後に住める家がない!

老後に住める家がない!

太田垣 章子

ポプラ社

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