いつまでも「労働力不足」続く日本は、根本的な原因を知らない

これからの時代を経済的に困窮することなく生きるには、「経済センス」を磨くことが不可欠です。経済コラムで多くのファンを持つ久留米大学教授の塚崎公義先生が、身近なテーマを読み解きます。第7回は、いつまでたっても日本の労働力不足問題が解消されない理由を考察します。

「求人数」「求職者」が等しくなる賃金が望ましいが…

イギリスの哲学者・倫理学者・経済学者のアダム・スミスは「神の見えざる手」という概念を主張しました。経済のことは神様に任せて、政府は手出し口出しをするな、というわけです。前回の拙稿『王様の気遣い「パンの値段を半額に」が弱者を苦しめる理由』は、その一部をご紹介したものです。

 

アダム・スミスによれば、需要と供給の一致するところに価格が決まるので、神様に任せると「売り手」と「買い手」の人数が一致して皆が満足する、ということになるわけですね。そのときの価格を「均衡価格」と呼びます。

 

労働力に関しても、需要である求人数(雇いたい人数)と供給である求職数(働きたい人数)が等しくなるような賃金(これを「均衡賃金」と呼びます)が実現し、みんなが満足することが望ましいでしょう。

 

その意味では、最低賃金等の弱者保護策は、一般論としては好ましくないわけです。しかし、なにごとにも例外はあります。

 

最低賃金制度によって、労働者の給料が大幅に上昇し、失業者が少ししか増えないならば、望ましいということもいえそうですが、本稿はそういう話ではなく、労働力不足の状況について考えてみましょう。

低すぎる時給で募集しながら、応募がないと嘆く社長

労働力不足だといわれていますが、なぜ労働力不足なのでしょうか。労働力不足ならば賃金が上がって労働力の需要が減り、供給が増えて労働力不足が解消するはずなのに。

 

それは、世の中が経済学者が考える理屈通りには動かないからですね。経済学では、みんなが均衡賃金を知っていて、企業は均衡賃金で求人広告を出し、労働者はそれに応募するとされていますが、実際には均衡賃金を知っている人はいません。

 

そこで、均衡賃金より低い時給で労働者を募集して、応募がないと嘆いている企業が多いのです。そうであれば、最低賃金を引き上げて、企業がいまより高い時給で労働者を募集するように促すことで、労働力不足は緩和されるでしょう。

 

現在の賃金実勢が均衡賃金より低いのであれば、これを引き上げても失業は生じませんから、労働者にとっては間違いなくメリットです。企業にとっても、労働力不足を嘆いているより、均衡賃金を払って労働者を確保するよいでしょう。

 

問題は、高い時給が払えない企業が可哀想だ、ということですが、これは仕方ないですね。労働力不足である以上、どこかの企業に我慢してもらう必要があるわけですから、くじ引きで負けた企業に我慢してもらうより、高い賃金の払えない企業に我慢してもらうほうがマシでしょうから。

 

求人広告をバンバン出せば、応募が増える!?
求人広告をバンバン出せば、応募が増える!?

不況期、最低賃金が高すぎると失業者が増加するので…

最低賃金は、高ければよいというものではありません。不況期に最低賃金が高すぎると失業者が増加して、まさに「弱者保護の政策が弱者を苦しめる」ことになってしまうからです。

 

したがって、次の不況期には躊躇なく最低賃金を引き下げる必要があります。難しいのは、政策判断にタイムラグが生じてしまうことです。景気が悪化してから、それに気づいて最低賃金を引き下げたとしても、雇用が増えるまでには時間がかかってしまうでしょう。

 

そこで参考になるのが、日銀の金融政策です。景気を予想して早めに手を打つことが求められるという点では、最低賃金の変更と政策金利の変更は似ているからです。

 

日銀と密接に連絡を取りながら、景気の予想を早めの政策変更に活用してゆくことが望まれるわけですね。

問題は「いつ諦めて時給を引き上げるか」という点

「均衡賃金より低い時給で労働者を募集して、応募がないと嘆いている企業が多い」と上述しましたが、以下ではその理由を考えてみましょう。

 

企業経営者が予想している均衡賃金がそもそも低すぎるというケースも多いでしょう。少子高齢化の進展や景気の回復等々によって均衡賃金が上昇しているわけですが、そのことに気づかないか、気づいても上昇幅を小さく見積もりすぎている経営者は多いでしょう。人は物事を自分に都合よく理解する傾向がありますから。

 

もうひとつの可能性も考えてみましょう。もしかすると企業は、自分が均衡賃金だと思っている時給より少しだけ低い時給で求人広告を出すかもしれません。自分の推測が当たっていれば応募者はいないでしょうから、その場合には時給を引き上げて再度募集すればいいわけです。自分の予想が高すぎた場合には、すぐに応募が来るでしょうから、それはそれでいいでしょう。

 

最初から均衡賃金だと考える時給で募集して、もしもそれが均衡賃金を上回っていたら、不要な賃金を支払うことになりますから、それは避けたいと考えるのは当然のことです。またそうなれば、新規採用者のみならず、既存の労働者にも高すぎる賃金を支払う必要性に迫られることになり、経営者はなんとしても回避しようと考えるでしょう。

 

問題は、いつ諦めて時給を引き上げるのか、ということです。普通の経営者は「求人のポスターの枚数が少なすぎたのかも知れない」と考えて、ポスターを貼り続け、なかなか諦めないでしょう。そうなると、労働力不足はなかなか解消しないわけです。

 

これが、何年もの間労働力不足が叫ばれ続けてなかなか解消されない主因だというわけですね。

 

本稿は、以上です。
 

 

 

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塚崎 公義

久留米大学教授

 

経済評論家

1981年東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の仕事に従事したのち、2005年に退職して久留米大学へ。現在は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は勤務先と無関係に個人として行なっているものであるため、現職欄には経済評論家と記すものである。

著書に、『老後破産しないためのお金の教科書―年金・資産運用・相続の基礎知識』『初心者のための経済指標の見方・読み方 景気の先を読む力が身につく』(以上、東洋経済新報社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)、『退職金貧乏 定年後の「お金」の話』『なぜ、バブルは繰り返されるか?』(以上、祥伝社)、『経済暴論』『一番わかりやすい日本経済入門』(以上、河出書房新社)など多数。

趣味はFacebookとブログ。

著者紹介

連載経済評論家・塚崎公義の「身近なテーマで経済センスを磨く」実践講座

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