王様の気遣い「パンの値段を半額に」が弱者を苦しめる理由

これからの時代を経済的に困窮することなく生きるには、「経済センス」を磨くことが不可欠です。経済コラムで多くのファンを持つ久留米大学教授の塚崎公義先生が、身近なテーマを読み解きます。第6回は、弱者保護の政策によって、かえって弱者が苦しむことになりかねない理由を考察します。

弱者のための値下げが「弱者を狙い撃ち」に!?

筆者は、弱者を保護するのは基本的にはよいことだと思っていますので、本稿は「弱者を保護するな」という趣旨ではありません。「保護の仕方に気をつけないと、かえって弱者を苦しめかねないので、注意深く保護しましょう」という趣旨ですから、あしからず。

 

「神の見えざる手」という言葉があります。経済学者アダム・スミスが唱えたもので、「経済のことは神様がうまく調整して下さるから、王様は口出ししないで下さい」という理論です。

 

たとえば王様が「貧乏人にもパンが買えるように、パンの値段を半分に値下げさせよ」という命令を下したとします。パン屋たちの多くは「それならパンを作るのはやめよう」と考えるので、パン屋に並ぶパンが減ってしまいます。

 

「パンの値段を半額にしてあげてね」
「パンの値段を半額にしてあげてね」

 

人々が食べられるパンが減るので、パンを食べられない人が増えてしまいます。もうひとつ問題なのは、空腹な順にパンが食べられるわけではなく、運のよい人がパンにありつける、ということです。

 

命令が出る前は、「空腹だから、多少高くてもパンが食べたい」という人がパンにありつき、「それほど空腹ではないから、今の値段なら買わない」という人が諦めていたのに、後者もパンを買いに来るようになったからです。

 

パン屋たちは、パンの代わりにケーキを作るようになるので、金持ちは「パンがなければケーキを食べればよい」ということで、とくに困りません。貧しい人を助けようと思った命令が、貧しい人だけを困らせた、というわけですね。

 

「貧乏人向けのボロアパートの家賃を半分にせよ」という命令も、同様の結果をもたらします。大家たちがアパートを建てるのをやめて賃貸マンションを建てるようになるので、金持ちは賃貸マンションに住み、貧しい人は住む場所がなくなって困る、というわけですね。

記憶に新しいところでは「改正労働契約法」が実例

女性を保護しようとして「女性には深夜労働をさせてはならない」という法律を作ると、企業が男性ばかり雇うようになり、女性の失業率が上がってしまうかもしれません。

 

「借家人を追い出すのはケシカランから、大家は借家人を追い出してはならない」という法律を作ると、借家を建設する大家がいなくなり、借家人たちが困ることにもなりかねません。

 

「社員をクビにするのは可哀想だから、解雇は禁止」という法律を作ると、企業が「それなら社員を雇うのをやめよう」と考えて採用を手控えるため、就活生が困るかもしれません。

 

これに関連した出来事しては、改正労働契約法が記憶に新しいところです。契約期間が5年継続した有期雇用の労働者は、無期雇用に転換できるという制度ですが、多くの無期雇用労働者が5年経過直前に「雇い止め」に遭ったわけです。

 

法律ではありませんが、セクハラの加害者をバッシングする人が増えると、「セクハラを疑われたくない」と考える男性が増え、「女性は飲み会に誘わない」「女性は接待には参加させない」といったことが起きるかもしれません。バッシングしている人は女性の味方として行動しているわけですが、結果として女性が困る可能性もあるわけです。

 

弱者と呼べるか否かはわかりませんが、非喫煙者の受動喫煙防止を防止するためにキャンパス内を全面禁煙にした大学がありました。その結果、喫煙者たちがキャンパスを出た正門前で喫煙するようになり、通勤通学の非喫煙者がかえって迷惑した、という話もありました。

弱者保護策の有効性は、あくまでケース・バイ・ケース

もっとも、弱者が全員困るわけではなく、弱者保護策のおかげで助かる弱者も多いので、弱者保護策が弱者全体のためになるのか否かはケース・バイ・ケースだといえるでしょう。

 

たとえば、最低賃金を引き上げると、「それなら雇わない」という会社が増え、失業する人が増えるかもしれませんが、少数の人が失業する一方で大多数の労働者の賃金が大幅にアップするとすれば、労働者全体の所得は増えるわけです。

 

あとは、失業した人をどう救うか、ということが問題となります。たとえば雇用保険で失業者に失業手当を支払う、といったことが考えられますね。

 

もっとも、たとえば冒頭のパンの話では、作られるパンの量が減ってしまうので、パンが買えなかった人をどう救済するのか、容易ではなさそうです。そうした場合には、アダム・スミスがいったように、政府は経済の事に手出し口出しせず、神様に任せるのがいいのでしょう。

 

神様に任せれば、「パンを買いたい人」の買い注文と「パンを作って売ってもいいパン屋」の売り注文の数が同じになるところに値段が決まり、経済がうまく行くのです。もちろん、「空腹だけれども金がないからパンが買えない」という人については、別の配慮から生活保護を支給する、といった対策は必要ですが。

 

本稿は、以上です。

 

 

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塚崎 公義

久留米大学教授

 

経済評論家

1981年東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の仕事に従事したのち、2005年に退職して久留米大学へ。現在は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は勤務先と無関係に個人として行なっているものであるため、現職欄には経済評論家と記すものである。

著書に、『老後破産しないためのお金の教科書―年金・資産運用・相続の基礎知識』『初心者のための経済指標の見方・読み方 景気の先を読む力が身につく』(以上、東洋経済新報社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)、『退職金貧乏 定年後の「お金」の話』『なぜ、バブルは繰り返されるか?』(以上、祥伝社)、『経済暴論』『一番わかりやすい日本経済入門』(以上、河出書房新社)など多数。

趣味はFacebookとブログ。

著者紹介

連載経済評論家・塚崎公義の「身近なテーマで経済センスを磨く」実践講座

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