
近年、20代や30代で白内障を発症する人が増えています。実は白内障治療と関係のある疾患は多く、意外な病気が白内障を誘発することがあります。他方、白内障手術により改善できる目の疾患などもあるのです。本連載では、年間1500件もの白内障手術を手掛ける、アイケアクリニック院長の佐藤香氏が、白内障治療に関する疑問を、Q&A方式でわかりやすく解説します。
「多焦点眼内レンズ」を使った手術なら「老眼」も改善
白内障治療と関係のある疾患は多々あります。すでに、何らか目の疾患を抱えている人はもちろん、過去の手術やケガが治療に関係することもあります。どんなことが治療に影響するのか、注意してみてください。
Q:老眼治療に白内障手術がよいと聞いたのですが、本当ですか?
A:本当です。
白内障手術の際、眼内レンズの選び方しだいで老視(老眼)を改善することができます。老視は白内障と同じく、水晶体の加齢変化によって起こるものです。水晶体が硬くなって見るものにうまくピントを合わせられなくなり、特に近くのものが見えづらくなった状態が老視です。

つまり、加齢で水晶体が「濁った」結果が白内障であるのに対して、水晶体が「硬くなった」結果が老視なのです。
白内障手術は、白内障によって濁り、老視で硬くなった水晶体の中身を取り除いて人工の眼内レンズに入れ替える手術なので、眼内レンズの選び方しだいで老視も解消されるというわけです。

●多焦点眼内レンズを選択することで老視が解消できる
それでは、どのような眼内レンズを選べばよいのでしょうか。
眼内レンズは「単焦点眼内レンズ」と「多焦点眼内レンズ」の大きく2つに分かれます。
水晶体の代わりに用いるのが単焦点眼内レンズであれば、遠方・中間・近方のうち1点にしか焦点を合わせることができません。近方に焦点距離を合わせれば、老視特有の「近くがよく見えない」という悩みは解消されますが、中間や遠方は見づらくなります。それでは老視と同じように、「焦点距離を調節できない状態」になってしまいます。
したがって、老視治療の効果を白内障手術に期待するなら、使用する眼内レンズを「多焦点眼内レンズ」に限定する必要があります。
●3焦点眼内レンズがおすすめ
多焦点眼内レンズには「2焦点眼内レンズ」と「3焦点眼内レンズ」、さらには50cmより先のすべての距離に焦点を合わせることのできる「焦点深度拡張型眼内レンズ」の3種類があります。
これらのうち最も「見えるようになった」と実感できるのが3焦点眼内レンズです。
焦点深度拡張型眼内レンズは欧米では人気ですが、50cmより手前が見づらいという弱点があります。日本人のライフスタイルには手元もよく見える3焦点眼内レンズのほうが適しています。3焦点眼内レンズは焦点の合う距離が幅広いため、メガネなしでも常にクリアな視界を手に入れられる可能性が高まります。
老視は年々進行しますから、そのたびに老眼鏡を買い替えなければなりません。度の合わない老眼鏡を使っていると疲れ目や頭痛を起こしやすく、本や新聞を読むのも面倒になりがちです。白内障と一緒に老視も治療できれば、そのような生活上の不便にわずらわされることがなく、どんな距離にあるものでもすっきりと見える目を取り戻すことができます。
若年でも発症…白内障を併発しやすい病気「アトピー」
Q:アトピーがあり、ステロイドを使っています。白内障になりやすいというのは本当ですか?
A:アトピー性皮膚炎は、白内障を併発しやすい病気の1つです。
アトピー性皮膚炎の方のなかには、30代で白内障を発症する方も珍しくありません。早い方では20代でも発症することがあります。
アトピー性白内障の場合は、水晶体の嚢(のう)が混濁する「嚢下白内障」になることが多く、袋の前側が濁るものを「前嚢下白内障」、後ろ側が濁るものを「後嚢下白内障」といいます。
どちらも早い段階で中心部分に強い濁りが出るため、見え方の異常や違和感が現れやすく、進行が非常に早いという特徴があります。
なぜ、アトピーの方が白内障を併発しやすいのかは、現在のところ解明されていませんが、皮膚炎にかかっている時間が長いほど、また、頭の皮膚症状が重いほど、白内障を併発する確率が高いことがわかっています。
このことから、ステロイド治療薬の影響や、かゆいために目をこすったり叩いたりすることが影響しているのではないかと指摘されています。ステロイドが原因となる「薬剤性白内障」には、アトピーのほか、緑内障があります。また、白内障を併発しやすい病気としてはアトピーのほかに、糖尿病があります。
【白内障ってなに? 手術件数月間300件の熟練ドクターがわかりやすく解説!】
現在は、白内障手術により「緑内障」も同時に治療
Q:緑内障を併発しているのですが、白内障の治療は受けられるのでしょうか?
A:大丈夫です。受けられます。
緑内障は眼圧によって視神経が壊れていき、悪化すると視野が失われていく病気です。日本では失明原因の第1位となっている恐ろしい病気でもあります。
昔は緑内障の人は白内障の手術を受けられないとされていましたが、いまはむしろ緑内障の治療に役立つことがわかってきました。
●目の中の水の通り道がふさがれて眼圧が上がる「閉塞隅角緑内障(へいそくぐうかくりょくないしょう)」の場合(図表1)
![[図表1]閉塞隅角緑内障](/mwimgs/8/d/400/img_8d2ae7cb9d090e77a8933c2647f652ed283892.png)
閉塞隅角緑内障は、目の中を満たしている「房水」と呼ばれる水分が排出される「隅角(ぐうかく)」という場所が狭まることで発症する緑内障です。
房水は一定量の産生と排出を繰り返して眼圧を一定に保っているのですが、隅角が狭まることによって、しだいに房水の排出路が細くなったり閉ざされたりするため、目の中の房水がきちんと排出できず、溜まる一方になってしまいます。
その結果、風船の中に水をどんどん入れていくと風船がパンパンに膨らむように、目の中も房水でいっぱいになって眼圧が上昇します。
眼圧が上昇すると視神経が障害を受けて機能しなくなり、そのせいで視野がどんどん欠けていくのです。
もし隅角が完全に閉塞してしまうと、急激に眼圧が上昇して「急性緑内障発作」を起こすことがあります。激しい痛みや吐き気を伴い、すぐに治療しなければ急速に視力が低下したり、最悪の場合、失明を招いたりする危険性があります。
このタイプの緑内障を治療するには、隅角を広げて房水を排出しやすくすることが重要です。
水晶体は加齢によってどんどん大きく厚くなり、眼球内で大きなスペースを占めるようになり、隅角を狭めていきます。
白内障手術ではその大きく厚くなった水晶体の中身を取り除き、代わりに眼内レンズを挿入しますので、水晶体が目の中で大きなスペースを占めることもなくなり、狭まっていた隅角が広がって房水の通り道を確保することができます。
保険が利き、より安全性が高い治療法「アイステント」
●開放隅角緑内障の場合(図表2)
![[図表2]開放隅角緑内障](/mwimgs/1/d/400/img_1deb337d0e25991269acb11be4613762329069.png)
閉塞隅角のみならず「開放隅角」と呼ばれるタイプの緑内障の場合でも、白内障の手術の際に一緒に眼圧を下げるための治療をすることが可能です。
一般的にはMIGS(Micro Invasive Gulaucoma Surgeryの略)=低侵襲緑内障手術が行われています。低侵襲とは「眼に負担が少ない」という意味です。
緑内障が進む前に、早い段階で手術をして眼圧を下げておこうというもので、目のなかの線維柱帯(せんいちゅうたい)という部分を切開する方法がよく用いられています。
しかし、その場合、目の中で出血が起こって一時的に目がよく見えなくなってしまいます。
そのため当院では、より安全性の高い「アイステント」(図表3)というデバイスを使う方法を用いています。これはチタン製の器具(ステント)を目のなかに入れて、房水の通り道を確保する治療法です。
![[図表3]アイステント](/mwimgs/c/0/400/img_c0daf4dae39f9817a5069dc2a9f1a76e105999.png)
●アイステントはごく一部の眼科でのみ行われている
アイステント以外の低侵襲緑内障手術は、医師であればだれでも行うことができますが、アイステントは日本眼科学会で特別な講習を受けた医師だけが行うことのできる治療法です。
白内障の手術と同時に行うことで健康保険が適用されるため、少ない自己負担で治療を受けることが可能です。
開放隅角緑内障の方は、検討されてみるとよいでしょう。
佐藤 香
アイケアクリニック 院長
アイケアクリニック銀座院 院長