年間約130万人の方が亡くなり、このうち相続税の課税対象になるのは1/10といわれています。しかし課税対象であろうが、なかろうが、1年で130万通りの相続が発生し、多くのトラブルが生じています。当事者にならないためには、実際のトラブル事例から対策を学ぶことが肝心です。今回は、遺産分割協議に起因する相続トラブルを、円満相続税理士法人の橘慶太税理士に解説いただきました。

急死した父の遺産…母は「いらない」と言った

「うちは、“平均”という言葉がよく似合うんですよね」と言っていたAさんは、郊外のニュータウンに住む、妻、長男、次男の4人家族で、収入も生活も平均的。大学に通う2人の子どもも、世間的な評価は可もなく不可もなく、という学校に通っていました。「上を目指したらキリがないから、ほどほどというのが、一番幸せなんですよ」というのが、Aさんの口癖でした。

 

そんなAさんの生活に変化があったのが、Aさんの父が亡くなり、相続が発生したときのこと。平均を好むAさんとは異なり、Aさんの父はやり手の実業家で、遺産もそれなりに大きいものでした。

 

結局、Aさんに舞い込んだ遺産は、アパートが1棟と現金が5,000万円ほど。「金持ちって、こんな気分なんだな」とAさん。しかし、これで生活が変わるかと思ったら、Aさんの生活は何も変わりません。毎朝6時に起き、決まった電車に乗って仕事に行き、夜の8時に帰ってきたら、ご飯を食べて、お風呂に入って就寝。「宝くじに当たったみたいなものですから。せっかくだから、子どもたちのために、そのまま残しておきますよ」とAさん。アパートの家賃収入も、まったく手をつけず、お金は貯まっていく一方でした。

 

そんなある日のこと、悲劇が起こります。Aさんが会社で倒れて、そのまま帰らぬ人になったのです。あまりに突然のことで、家族は呆然とするばかり。葬儀も、家族にとっては、どこか、ドラマを観ているようだったといいます。Aさんの死がきちんと理解できたのは、葬儀が終わってしばらく経ってからだったそうです。

 

家族が徐々に日常に戻るなか、襲ってくる喪失感……しかし現実的な問題に対応しなければなりません。Aさんの遺産です。平均的な家族でしたが、Aさんが残した遺産はそれなりのもの。Aさんの父から相続したアパートに加え、その家賃収入はそのまま貯金。Aさんが相続したときよりも、1,000万円ほど、増えていたそうです。

 

これらをどのように分けるか、という話になったとき、母が言いました。

 

「私のことは気にしないで、ふたりで分けなさい。まだ私は働けるし、そのあとは年金だってもらえる。1人で暮らしていくには、十分よ」

 

結局、Aさんの遺産は、長男と次男で分けることに。アパート経営はプラス収支が続いていましたが、今後を考えて売却。そちらの売却益を含めて、等分することで遺産分割協議はスムーズに終わりました。

 

しかし、事件が起きたのは、それから1年もあとのことでした。

父が亡くなって1年…母が再婚すると言い出して

ある日、長男と次男は母に呼び出されました。大切な話があるとのこと。待ち合わせのレストランには、少しあらたまった雰囲気の母が座っていました。

 

母「実は、ふたりに話しておきたいことがあって」

 

長男・次男「どうしたの、こんな所に呼び出して」

 

母「……再婚しようと思って」

 

長男・次男「えっ?」

 

母「だから、再婚しようと思って」

 

長男「まだ父さんが亡くなってから1年だよ。早すぎない?」

 

母「早い、遅いとか、そういうのじゃないと思うの」

 

次男「確かに、そうだけど……」

 

母「でね、ここからが本題なんだけど、お父さんの遺産分割、あれを改めてしたいの」

 

長男・次男「えっ?」

 

母「だって、本当なら、半分は私がもらえたものでしょ。私も再婚するし、お金が必要なのよ」

 

次男「お袋、何考えているんだよ! 誰だよ、再婚相手って!」

 

母「小さいけど、会社をやっているの。社長さんよ」

 

長男「絶対、騙されているって!」

 

次男「それに、父さんからの遺産だって、ローンの返済に使ったり、子どもの教育費で使ったりして、そのまま残ってなんていないぞ!」

 

長男・次男と母との話し合いは平行線のまま。遺産分割協議のやり直しの申し出は、母が詐欺にあっているというわけではなく、再婚相手の会社の経営を不安視した、母の勝手な行動だということが、あとになってわかりました。それでも一度決めた遺産分割を無効というのは、実の母の申し出とはいえ、納得のいかない長男と次男。いまでも話し合いは続いているそうです。

 

再婚しようと思って。
再婚しようと思って。

遺言書さえあれば…蒸し返される遺産分割協議

遺産の分け方は非常にシンプルで、遺言書がある場合には、遺言書の通りに分け、遺言書がない場合には、法定相続人全員での話し合いによって遺産の分け方を決めていくことになります。この話し合いが「遺産分割協議」です。遺産の分け方が決まれば、あとは名義変更をしていきます。遺産分割協議や名義変更には期限はありません。

 

相続の一般的な流れは[図表1]の通りですが、このなかで遺産分割協議が長引いてしまうことがよくあります。遺産の分け方が決まっていようがいまいが、「相続税の申告」は被相続人が亡くなった日から10ヵ月以内にしなければなりません。

 

[図表1]相続発生後のタイムスケジュール

 

遺産分割協議は、相続人が全員納得するまで終わりません。どうしても折り合いがつかない場合には、裁判によって分け方を決めていくことになります。一度決めたことを、事例のように、あとで蒸し返されるケースもあります。お金が絡むと、人は変わります。事前に遺言書を作っておいて、将来の骨肉の争いを阻止するのが賢いやり方です。

 

ちなみに遺言書は法的に非常に強い効力をもっていますが、相続人全員が同意をした場合には、その内容を変更することが可能です。

 

しかし裏を返すと、相続人全員が同意をすれば変更できるということは、1人でも「私はお父さんの遺言書の通りに遺産を分けたい!」という人が現れた場合には、遺言書の通りに遺産を分けなければいけないということです。

 

遺言書を残す人が、「家族全員が反対しても、絶対この形で分けてほしいんだ!」という場合には、あらかじめ遺言執行者を決めておき、その遺言執行者に「家族からどんなに反対されても、絶対にこの形で分けてくれ」と強くお願いをしておけば、相続人全員が反対しても遺言書の内容通りに遺産を分けることができます。

 

【動画/筆者が「相続発生後の手続き」を分かりやすく解説】

 

橘慶太

円満相続税理士法人

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