稼ぐシニアは年金減額… 就労意欲を奪う「在職老齢年金」の害

収入の高いシニアサラリーマンの年金を減額する「在職老齢年金制度」。稼ぐことで年金が減ってしまうなら、有能なシニアたちが仕事をセーブするかもしれません。筆者はこのシステムについて、弊害の多さから廃止すべきと考えています。貧富の差を埋めるために、もっといい方法はないのでしょうか? 塚崎公義教授の目からウロコの経済談義、連載第44回目です。

政府は「制度の縮小」を検討しているものの…

在職老齢年金という制度があります。これは、大雑把にいえば「65歳までは、給料プラス年金が月額28万円を超えたら、超えた分の半分を減額する」「65歳からは、給料プラス年金が月額47万円を超えたら、超えた分の半分を減額する」というものです。

 

もっともこれは、サラリーマン(男女を問わず、公務員等も含む。以下同様)の受け取る老齢厚生年金(公的年金の2階部分と呼ばれるもの)に関するもので、老齢基礎年金(公的年金の1階部分。国民年金と呼ぶ人もいる)には関係ありません。

 

したがって、自営業者等には無関係ですので、本稿はサラリーマンについてのものです。サラリーマンについても、「老後の所得が多いと年金がゼロになる」というわけではありません。老齢基礎年金は受け取れますので、ご安心下さい。

 

この制度は、限られた年金の原資を本当に必要な人に分配しよう、という趣旨なのでしょう。それ自体は理解できますが、後述のように弊害が多いので、筆者は廃止すべきだと考えています。

 

政府は、廃止することも視野に入れ、制度の縮小を検討しているようです。政府が2019年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2019~『令和』新時代:『Society 5.0』への挑戦~」(骨太方針2019)には、在職老齢年金を「将来的な制度の廃止も展望しつつ、速やかに見直す」と明記されたので、大いに期待していました。

 

しかし、各方面からの反対が多いため、小幅な縮小に止めるとの報道もなされています。高額所得者優遇である、年金支給額が増えてしまう、といった批判のようですが、説得力に乏しいと思います。以下では、その理由を示すこととします。

年金減額より「累進課税」を強化すればいいのでは?

貧富の格差をどれくらいにすべきか、というのはむずかしい問題です。格差が大きすぎてもいけませんが、小さすぎてもいけません。「頑張って働いて金持ちになろう」という意欲を削ぐからです。そこで、ちょうどよい格差になるように調整する、というのは政府の重要な役割となっています。

 

したがって、「在職老齢年金制度の縮小は、高額所得者優遇であるから望ましくない」という意見は、理解できます。「貧富の格差は現状がちょうどいいか、むしろ大きすぎるくらいだ」という論者は当然大勢いるでしょうから。

 

しかし、それならば累進課税を強化すればいいでしょう。在職老齢年金制度は、働く意欲を阻害しかねない制度であること、自営業者や若者との均衡を欠いていること、制度を誤解している人がいる可能性、などを考えると、廃止が望ましいのであって、その結果として高額所得者優遇が行き過ぎるというのであれば、累進課税で調節すればいいのです。

 

ちなみに、望ましい貧富の格差の水準に関しては、本稿では筆者の見解は示さず、廃止論者の見解を前提として論じることとします。

 

有能なシニアの「仕事セーブ」は、日本経済の損失

「一定以上働くと年金が減額されるのであれば、働く量を調節しよう」と考える人は、当然いるはずです。つまり、この制度が存在することによって、本来ならば提供されたであろう労働が提供されなくなるわけです。

 

これは、日本経済にとって損失です。とくに、所得の高い人は日本経済に大きな貢献をしている場合も多いでしょうから、影響は大きいはずです。

 

所得税や年金保険料等の収入が得られなくなってしまうことも痛手です。高額所得者には大いに働いて稼いでもらい、所得税や年金保険料を納めてもらうべきなのに。

 

累進課税を強化しても働く意欲は減退しますが、高額所得者を一律に小幅増税する場合と、特定の高額所得者だけに集中的に増税等(年金支給額の減額も、増税と同様の効果があるはずです)を行う場合とでは、労働に対するマイナスの影響が大きく異なるはずです。

特定の人への「働きすぎへの罰金」みたいで…

自営業者は高額所得者であっても年金は減額されません。若者も、高額所得者であっても年金は減額されません。60歳以上のサラリーマンだけが、一定以上働くと年金を減額されるわけです。

 

これは、均衡を欠いた制度です。特定の人々だけが「働きすぎに対する罰金」のように不利益を被るわけです。

 

累進課税の強化であれば、高額所得者は全員一律に増税されるわけですから、こうした問題は軽微でしょう。

制度の周知徹底を試みるより、制度自体を廃止しては?

制度を作る人は、その制度を熟知しているでしょうが、一般国民のなかには制度を誤解している人が必ず存在します。年金制度は複雑ですから、正確に理解している人のほうが少ないのではないでしょうか。

 

多くの国民は年金制度についてくわしく知らず、新聞報道の見出しだけを見てなんとなく内容を推測し、理解したつもりになっているのかもしれません。

 

そうだとすると、「一定以上働くと損をする」と考えている人も少なくないはずです。「サラリーマンの専業主婦が年収130万円稼ぐと社会保険料の負担が生じるので129万円だったときより手取り年収が減ってしまう」というのと同じに考えている人がいると思います。

 

実際には、「一定以上働くと年収が減ってしまう」というわけではなく、「働いて稼いだ分ほどには年収が増えない」というだけのことなのですが、そこを誤解している人もいるでしょう。

 

政府としては、制度を作った以上は、そうした誤解がないように、周知徹底を図るべきですが、国民は忙しいので、周知徹底は容易ではありません。そうであれば、一層制度自体を廃止してしまうことが望ましい、と筆者は考えています。

 

本稿は、以上です。

 

 

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塚崎 公義

久留米大学教授

 

経済評論家

1981年東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の仕事に従事したのち、2005年に退職して久留米大学へ。現在は久留米大学商学部教授であるが、当サイトへの寄稿は勤務先と無関係に個人として行なっているものであるため、現職欄には経済評論家と記すものである。

著書に、『老後破産しないためのお金の教科書―年金・資産運用・相続の基礎知識』『初心者のための経済指標の見方・読み方 景気の先を読む力が身につく』(以上、東洋経済新報社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)、『退職金貧乏 定年後の「お金」の話』『なぜ、バブルは繰り返されるか?』(以上、祥伝社)、『経済暴論』『一番わかりやすい日本経済入門』(以上、河出書房新社)など多数。

趣味はFacebookとブログ。

著者紹介

連載塚崎公義教授の目からウロコの経済談義

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