「認知症の父、障がいをもつ姉」…相続トラブルの予防策は?

高齢化が進展する日本では、いずれ高齢者の5人に1人が認知症になるとの予想があります。相続人の立場からすると、もし被相続人が認知症になってしまったら、さまざまな制約が発生し、相続対策どころではありません。そのような事態を避けるには、「遺言書」の活用を検討する必要があります。※本記事は、株式会社トータルエージェントが運営するウェブサイト「不動産・相続お悩み相談室」から抜粋・再編集したものです。

高齢の家族を抱える人にとって、認知症は「心配の種」

高齢化が進展している日本では、現在、認知症は非常に身近な問題となっています。高齢の家族を抱える方にとっても心配の種ではないでしょうか。

 

内閣府によると、2012年の65歳以上の認知症高齢者数は462万人で、これは65歳以上の高齢者の約7人に1人の割合です。また、2025年にはさらにその割合は増加し、約5人に1人になるという推計も出ています。

 

資料:「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学二宮教授)より内閣府作成
[図表]65歳以上の認知症患者数と有病率の将来推計 資料:「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年度厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学二宮教授)より内閣府作成

 

認知症の増加は、医療費の増大や介護人員の確保への懸念など、社会的な側面からも由々しき問題となっていますが、各家庭では、認知症の家族が「相続トラブル」の引き金となることがあるため、事前の対策を怠らないよう留意が必要です。

 

今回は、ある会社員の女性のケースをもとに、認知症の家族が関係する相続の注意点を考察します。

施設で暮らす、認知症の父親と障がい者の姉

40代の会社員のA子さんには、父親と姉の2人の家族がいます。父親は1年前に要介護認定を受け、現在は介護施設で暮らしていますが、その数年前から軽度の認知症の診断を受けています。姉は幼いときから障がいがあり、24時間の看護が必要なため、ずっと施設で暮らしています。

 

A子さんは大学卒業後すぐに母親を亡くし、以降はずっと父親と二人暮らしでした。勤め先は都内のアパレル企業で、横浜市の自宅から通勤しています。A子さんの父親は定年まで大手企業に勤務し、退職金も年金もかなり高額です。また、A子さんの父方の祖父母から受け継いだ横浜の自宅は立地がよく、資産価値の高いものです。

 

A子さんは同僚から聞かされた相続トラブルの悩みをきっかけに、自分の家も対策が必要なのではないかと思いはじめ、知り合いの司法書士に相談することにしました。

 

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「今日は、相続についてご相談したくてうかがいました。私には、施設で暮らしている認知症の父と、看護が必要な姉がいます。父に万一のことがあった場合、どうしたらいいのかご相談に乗っていただきたいと思いまして」

 

「承知しました。お父様の現在の状況と、ほかのご家族についてくわしく教えてくださいますか?」

 

「はい。父は70代後半で、元会社員です。勤め先を定年退職したあと、ずっと自宅で隠居生活をしていたのですが、浴室での転倒をきっかけに介護が必要になりまして、1年前から介護施設に入所しています。認知症のほうは、その数年前に診断を受けています。私の姉には障がいがあって、小さいときからずっと施設で暮らしています。母は私が大学を卒業してすぐ、病気で亡くなりました」

 

A子さんの父親は施設に入る際、預金通帳や不動産に関するさまざまな書類、実印などをA子さんに託していました。施設入居費用は、A子さんが代理人となっている父親の銀行口座から自動で引き落しされています。父親の生活に必要なこまごまとした品も、その銀行口座のお金を使って購入しています。

 

「じつは、父には内臓の持病がありまして、この先、あまり長くないと思います。心配なのは相続のことです。もし父が亡くなったら、遺産は私と姉で分けることになると思います。資産の内容はだいたい把握しているのですが、父は認知症の診断を受けていますし、姉は障がいがあって寝たきりです。こういった場合、相続ではどんな点に気をつけないといけないでしょうか?」

 

A子さんの話に耳を傾けていた司法書士は、一呼吸おいて話しはじめました。

 

「そうですね、対策として一番有効なのは、〈遺言書〉の作成でしょう。ただし、これはお父様の認知症の進行によって、実現可能なケースとそうでないケースがあります。恐縮ですが、お父様の認知症はどのような具合ですか?」

 

「面会に行けば、私のことはわかります。会話もゆっくりなら大丈夫です。昔のことは比較的よく覚えているのですが、新しく知り合った人や、最近の出来事は覚えていられないようです。あと、あまり交流のない親族のことも思い出せないようですね」

 

「ほかに何か、昔と変わったとお気づきになることはありますか?」

 

「父は本や雑誌が大好きだったのですが、いまではほとんど読まなくなりました」

 

「そうですか。ではまず、いまのお父様に遺言能力があるかどうか、お医者さんに診断してもらってください。こんなことを申し上げるのはなんですが、これから悪くなることはあっても、よくなることは考えにくいですから、できるだけ早めの対処が望ましいですよ」

「認知症=遺言能力がない」ではないが…

法律的には、認知症があるからといって、遺言が残せないということにはなりません。とはいえ、認知症は人によって進行が違うため、状況によっては遺言能力なしとの判断をされるケースもあります。ここでは、法的な判断ができる能力がある場合と、意思能力がない場合の2つのパターンを考えて見ましょう。

 

●法的な判断ができる意思能力がある場合

 

まずは、法的な判断ができる意思能力がまだある場合です。この場合は、「遺言」を残すことをお勧めします。遺言には、すべて自筆で書く「自筆証書遺言」と、公証人の協力を得て作成する「公正証書遺言」があります。

 

「自筆証書遺言」の場合、専門家や証人の目を通しませんので、各法律要件を満たしていないことも多くみられるのが現実です。さらに、遺言書が有効であっても、被相続人が亡くなったあと、家庭裁判所の検認手続きを経なければなりません。そのため、かなりの時間と手間がかかります。

 

一方、「公正証書遺言」は専門家や証人が立ち会うため、法的に有効な遺言書を作成しやすく、間違いも起こりにくいといえます。また「遺言執行者」を選任しておけば、相続の手続きはさらに容易になるでしょう。そのため「公正証書遺言」の作成がお勧めです。

 

●法的な判断ができる意思能力がない場合

 

次に、認知症が進行し、事理弁識能力がなく、意思能力もない場合です。この場合、遺言書を残すことはできません。

 

遺言書がない場合は、遺産分割協議によって相続財産の帰属先を決めます。相続人が成人し、かつ意思能力があるなら、遺産分割協議書を作成して署名捺印すれば完了です。

 

ただ、今回のケースのように相続人のきょうだいに意思能力がないときは、成年後見人等の制度を用いることになります。具体的には、裁判所に成年後見人の選任を申し立て、成年後見人がきょうだいの代わりに遺産分割協議に参加する、というかたちになります。

 

いずれの場合であっても、早めに近くの専門家に相談することが大切です。

 

 

近藤 崇

司法書士法人近藤事務所 代表司法書士

司法書士法人近藤事務所 代表司法書士

横浜市出身。横浜国立大学経営学部卒業。平成26年横浜市で司法書士事務所開設。平成30年に司法書士法人近藤事務所に法人化。新宿区と横浜市に事務所を構える。取扱い業務は相続全般、ベンチャー企業の商業登記法務など。相続分野では「孤独死」や「独居死」などで、空き家となってしまう不動産の取扱いが年々増加している事から「孤独死110番」を開設し、相談にあたっている。

司法書士法人近藤事務所ウェブサイト:http://www.yokohama-isan.com/
孤独死110番:http://www.yokohama-isan.com/

著者紹介

株式会社トータルエージェント 代表取締役社長
相続診断士
宅地建物取引士

昭和46年2月生まれ。専修大学経営学部卒業後、不動産仲介、建売分譲会社に9年間勤務。32歳で独立し、株式会社トータルエージェントを設立。独立時は任意売却業務を中心に事業展開していたものの、7年前より不動産相続コンサル業務に特化。

毎週木曜日かわさきFMにて相続の専門家をゲストに招き「高木優一の不動産・相続お悩み相談室」にて情報発信する傍ら、相続コンサル会社が運営する葬儀社「合同会社春光舎」の代表社員としても活躍中。

著者紹介

連載弁護士・税理士・司法書士は見た!実際にあった相続トラブルの事例

本記事は、不動産・相続お悩み相談(http://www.fudosan-consulting.jp/)に掲載された記事を再編集したものです。

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