「いいから黙って任せなさい」という接骨院がダメな理由

スポーツに打ち込んでいた学生時代、大切な大会の前に負ったケガの痛みを取り、試合に送り出してくれたのは接骨院の先生だった…。以後、自身も国家資格である柔道整復師の免許を取るべく勉強し、いざ整骨院の現場に出てみると、旧態依然の徒弟制度や、患者の意向を汲まない横柄な対応に愕然。一念発起して独立・起業し、現在では日本一のチェーン接骨院を率いる著者が、従来の接骨院のあり方に警鐘を鳴らし、患者にも従業員にもメリットの大きい接骨院とは何か、自身の経営哲学とともに解説します。

施術方針はすべて「ブラックボックス」の中!?

特に私が接骨院で働きながら感じたのは、柔整師の先生に、時に横柄で独善的にも見える診療態度があることでした。

 

ほとんどの接骨院が、先生一人のワンオペレーションで、助手が数人います。私がアルバイトをしていたところも、そんな典型的な接骨院でした。

 

患者様が来るとまず助手が、患部に電気刺激を与える電気療法や患部を暖める温熱療法といった、ごく一般的な機械による治療を5分か10分程度やって、その後先生が、マッサージのようなことをして薬を塗ってそれで終わってしまう。「じゃ、また来週、予約をしておいて」と、本当にそれで終わりなのです。

 

私はこれではだめだと思いました。これで患者様の腰痛が治るとはとても思えなかった。痛みを抱える患者様との関わりがこんなふうでいいのか。時には怒りすら覚えました。もちろん人柄のいい先生も、施術の巧みな先生もいるのですが、患者様への応対は一様に“上から目線”なのです。

 

「私はこの道のプロであって経験も長い。私にはすべて分かっている」「いいから黙って任せなさい」「これ以上は治らないね」――実際にこのままの言葉が発せられたということではないのですが、診療態度にはありありと見えました。

 

自分がどういう判断をしているのかを丁寧に説明することもないし、患者様のどこをどのように治そうとしているのか、その期間をどのくらいとみているのか、そういった施術方針はすべて「ブラックボックス」の中なのです。

 

先生は、あたかも手の内を明かさないことが自分の権威付けになると思っているかのようでした。当然のことですが、その空気は患者様に伝わります。患者様のほうでも、接骨院の先生に診てもらうということは、そういうことだと考えてしまう。

 

ベテランで、この街でも古くから開業していて、施術の経験の長い先生なのだから、すべて任せておけばいいのだろう。いろいろ聞けば嫌がられる。余計なことは喋らないでおこう。仮に痛みがなかなか取れなくても、施術に疑問があっても、口にはしないのです。「どうですか?」と聞かれたら「少し良くなったようです」と、実際はそんなことは感じていないのに、先生が喜びそうなことを言ってしまう。

 

これからどこをどう治していくのか、そのためにどんな施術をするのか、細かく聞くことも控える――日本人の優しさ、奥ゆかしさといった気質も影響しているのかもしれません。しかしやはり大きな問題は、柔整師側の“閉じた”態度であり、上から目線の関わりです。

 

それが、コミュニケーションを取りにくくしている。治療の場にはふさわしくありません。まして手で体に触れる接骨院の施術は、それだけ患者様との距離が近いのです。にもかかわらず、フランクにコミュニケーションを取ることができない。その結果、患者様は施術に納得できなかったら、黙って別の接骨院や鍼灸院を訪ねることになります。ここがだめならよそに行く・・・そういうことが当たり前になっていました。

 

実際、いつの間にか来なくなったという人は少なくありません。治ったからではなく、噂を聞いて、あるいは誰かの紹介で、別の接骨院へ行ってしまったのです。

「丁稚奉公」が強いられる柔道整復師の世界

患者様にとってなんとなく敷居が高い接骨院。そして、コミュニケーションが取りにくい接骨院は、勤務する若い柔整師にとっても、働きやすい場所ではありません。接骨院で働いた私のもう一つの発見は、柔整師の地位の低さでした。

 

そもそも、私が学ぼうとした柔道整復とはどういうものか、少し説明しておきましょう。柔道整復は日本古来の「柔術」に源を持つ、日本伝統の治療法です。もともと「柔術」には、相手と戦う「殺法」と傷ついた人を治療する「活法」がありました。このうち殺法が発展して競技柔道となり、活法は負傷者の治療法として「ほねつぎ」「接骨」として伝承されました。

 

江戸時代には「柔道整復術」として体系化もされたのですが、明治維新を経て医療の近代化が図られ、医師免許制が取られるとともに、この伝統療法はいったん禁止されます。しかし、その治療法を支持する多くの人の努力で1920年(大正9年)に内務省の規制改正により正式の許可を受け「柔道整復師術」として復活、1936年(昭和11年)からは健康保険の取り扱いも始まり、さらに1970年(昭和45年)には、改めて「柔道整復師法」が整備され、「柔道整復術」は国家資格者である柔道整復師が施術する治療法として、正式に確立されて現在に至っています。

 

柔術の活法に起源を持つことが「柔道」の名前が受け継がれている理由です。私自身が治療を受けた柔整師の仕事は、日本の伝統を受け継ぎ、高齢社会のなかで社会的にも大きな役割を果たすことができる価値のある仕事でした。

 

実際、若い柔整師たちは、頑張って国家資格を取り、痛みに苦しむ人を、日本伝統の施術で一人でも多く助けたいという夢を持って現場に来ます。

 

しかし、実態はどうか。院長先生の“上から目線”と“ブラックボックス”は、患者様だけでなく、働く柔整師に対しても同様で、いわば“丁稚奉公”が強いられる世界だったのです。私は少なからずショックを受けました。

 

「技術を学びたいなら盗め」といわんばかりの、旧態依然の徒弟関係のような世界だったのです。

 

任される仕事といえば、治療器具をセットしてスイッチを入れるくらい。せいぜい筋肉の凝りをほぐすためのごく初歩的なマッサージ程度です。患者様と症状について突っ込んだ話をする機会もありません。こんな毎日で、仕事にどんな夢を持ち、将来に向けてどんな成長が期待できるでしょうか。

高額な学費をかけて資格をとっても、その後の収入が…

柔整師資格の取得には勉強が必要です。専門学校や大学、短大で必要な単位を取り受験資格を得て試験に臨みます。

 

資格取得までには300万円から600万円ほどかかるといわれます。この金額は4年制大学とほとんどかわりません。

 

しかし、これだけの費用を投じ、しかも国家資格所有者になっても、多くの柔整師はわずかな給料しかもらえず、しかも丁寧な技術指導を受けることもありません。結局、薄給に甘んじ、腕を磨く機会にも恵まれないまま細々と仕事を続けるか、整形外科のリハビリ部門で、短い時間のなか、誰に対しても同じようなごく一般的なマッサージを施すか、あるいは介護施設で高齢者の運動機能を回復させるサポートをするか、といった選択肢しかないのです。

 

日本固有の柔道整復施術を身につけ、患者様の役に立ちたいと夢を抱いて職に就くと、実際には活躍の場がなく、報酬もわずか――それが多くの柔整師の置かれた環境でした。

 

そして、このツケは患者様にまわってしまう。施術者に不満が残るなかで、患者様が満足する施術ができるわけがありません。

 

リラクゼーションを目的にしたエステサロンやマッサージ店が、新たな業態として都市部で大きくヒットするかたわらで、「接骨院」は、昔のままの姿で存在し続けていました。高齢者を中心に、腰や膝、関節の痛みを発症して日々の生活に不自由を感じている人が非常に多くなっているなかで、それに対応できないのは、社会の不幸でもあると思いました。

 

つまり需給のギャップは非常に大きいのです。しかし、供給側である接骨院は旧態依然のままなのです。「接骨院」には、もっとやれることがある。やらなければいけないと思いました。患者様も柔整師も、もっと幸せになれるはずなのです。

 

 

木﨑 優太

株式会社MJG 代表取締役
柔道整復師
一般社団法人PIMバランス整復協会代表理事


株式会社MJG 代表取締役CEO
柔道整復師
一般社団法人PIMバランス整復協会代表理事

1986年8月、東京都生まれ。株式会社MJG代表取締役CEO。柔道整復師としての接骨院、整形外科における勤務を経て、出身地・東京都昭島市で『昭島接骨院』を開業。1年で1日の来院数が160人を超える人気院となる。接骨技術の普及と、柔道整復師の社会的地位向上を目標に、2013年より『MJG接骨院』の多店舗展開を開始。一般社団法人PIMバランス整復協会代表理事。

著者紹介

連載日本最大の接骨院チェーンを率いる経営者が語る「社員を勝者にする」哲学

社員を勝者にする経営

社員を勝者にする経営

木﨑 優太

幻冬舎メディアコンサルティング

わずか8年で売上60億円・店舗数180・従業員1000名を擁するまで急成長させた接骨院院長が明かす「社員を勝者にする経営」とは? 人口減少が進み、縮小社会という言葉が取りざたされる現代でも、ビジネスの世界にはまだまだ大…

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