小泉環境大臣の発言から考える…「安心」と「安全」の違い

専門家が安全だと繰り返し説明しても、国民がそれに安心できないとき、政治はどう対処すべきなのでしょうか? これは非常に難しい問題だと久留米大学商学部の塚崎公義教授は考えています。今回は、われわれが生活する社会における「安全」と「安心」の違いについて、政治と経済学の視点から考察します。塚崎公義教授の目からウロコの経済談義、連載第33回目です。

新・旧環境大臣の「姿勢の違い」が明らかに

9月11日、第4次安倍再改造内閣が発足しました。環境大臣が交代する直前、前任の原田義昭氏(当時)が原発処理水は放出すべきだ、と発言し、交代後に後任の小泉進次郎氏がそれを否定するという出来事がありましたが、これは、政治のあり方を考える非常に重要な材料だと思います。

 

※ NHK NEWS WEB『環境相発言“後任としておわび”』(2019年9月12日)

 

筆者は原発処理水についての知識が乏しいのですが、「原発処理水は、海洋に放出しても問題ない。放出しなければ保管コストが嵩むので、放出すべきだ」というのが専門家の意見のようなので、本稿では仮にそれが正しいという前提で話を進めていきたいと思います。

 

原田前大臣としては、「専門家の議論を経て正しいことがわかっているのだから、反対があっても住民の不安があっても実行すべきだ」という考え方なのでしょう。

 

一方、小泉大臣は、原田前大臣の発言に対して、内容に理論的な誤りがあるとは言っておらず、「漁業者に不安を与えてしまった」ことを陳謝したとのことです。

 

ここでは、「処理水が安全か危険か、という専門家の議論にかかわらず、海洋に排出すると悪いことが起きると心配している人がいる以上、排出すべきではない」というのが小泉大臣の発言の趣旨だ、という理解をしておきましょう。

 

そのうえで、二人の発言をどう捉えるべきか。非常に難しい問題だと思います。ぜひともくわしく論じたいのですが、筆者は具体的な福島の問題についてはまったくくわしくないので、以下では一般論として「安心」と「安全」の問題を考えていきたいと思います。

 

具体的には、「公害企業が濁った排水を川に流している。その濁りは、科学的にはまったく無害だが、下流の住民は大変不安に感じている」といった事例で考えてみましょう。

政府が追求すべきは「安全」か、それとも「安心」か?

統計を見れば、飛行機は安全な乗り物です。遠距離移動をするなら、自動車や電車を使わず飛行機を使うべきだ、というのが事故率から導かれる客観的な結論のようです。飛行機が地球環境に悪い、料金が高い、といった話は置いておきましょう。

 

したがって、政府としては国民の生命を守るために「長距離の移動は飛行機を使え」と強制することが正しいのかもしれません。しかし、「飛行機は怖いから自動車で移動したい」という国民が多いことも間違いないでしょう。そうした国民の気持ちを政府が無視するわけにもいきません。

 

飛行機のほうが「安全」なのですが、自動車での移動のほうが「安心」する人も多いので、政府が安全を追求するのと安心を追求するのとで、採用すべき政策が異なってくるわけです。

 

濁った水の排出に関しても、同様の問題があるのでしょう。「安全なものだけれども、人々が不安に思っているなら、それは排出すべきでない」という考え方もあるからです。

 

食品添加物についても、自動車の自動運転技術についても、似たような事例は無数にありますね。これらを政治はどう扱うべきなのでしょうか。

「実害」は全額補償させられるが、「不安」の場合は…

飛行機の場合は、自動車で移動する人が自分で危険な目に遭うだけですから、自己責任で構わないでしょうが、工場排水の場合には、そうではありません。放出しなければ公害企業のコストが増し、放出すれば下流の人々の不安が増すからです。不安だけではなく、実害が生じる可能性もあります。川で獲れた魚が風評被害で売れなくなるかもしれないからです。

 

そうした不安や実害に対して政治はどう向き合うべきなのか。実害に関しては、全額公害企業に補償させるべきことは当然ですが、不安については難しい問題です。

 

「放出をやめさせる」

「不安に対しても慰謝料を払わせる」

「根拠の無い不安だという事で公害企業に補償を求めない」

 

といった選択肢が考えられるでしょう。流域の人々が不安を感じている以上、慰謝料は払わせるべきだと思いますが、放出をやめさせるべきか否かは、難しい判断でしょうね。

 

経済学的には「放出しないことで追加的にかかるコストが慰謝料より高ければ、慰謝料を払って放出すべき」ということなのかもしれません。

 

ここでは、不安を慰謝料の金額に置き換える作業が可能だという前提で考えましょう。

 

政治家は、被害者感情に寄り添う必要がありますから、その通りの判断はしないでしょうが、所詮は政治も比較考量で決めざるを得ません。あとは、境界線をどの辺りに設定するか、ですね。

 

「放出しないコストが放出に対する慰謝料の2倍を超えたら放出する。その際には、算定された金額の2倍を慰謝料として公害企業に払わせる」といった基準ですね。そこで問題となるのは、個々の政治家のスタンスです。

根拠のない不安の解消に、莫大なコストをかけられるか

仮に、濁りを除去するために莫大なコストがかかる一方で、下流住民の不安はそれほど大きくないとしましょう。「根拠のない漠然とした下流住民の不安を和らげるために莫大なコストをかけて濁りを除去するのは、国民経済的に無駄である」というのが正論であった場合、政治家はどう振る舞うべきでしょうか。

 

政府が正論に基づいて「慰謝料を払って放出させよう」とするとして、反対する政治家も多そうですね。

 

ひとつには、「政府には何でも反対する」という姿勢の野党議員が一定数は存在しそうです。

 

もうひとつには「日本経済のことより自分の人気取りが大事だ」という議員も一定数は存在するでしょう。「下流住民の不安を無視して公害企業に濁り水を放流させることは許さない」といえば、下流住民の票のみならず、下流住民に同情する人々の票も得られるでしょうから。

 

政治家としては、「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人」 ですから、人気取り政策を採用したくなるインセンティブは強いのでしょうね。

 

そうした気持ちはよくわかります(笑)。しかし、政治家には自分の保身より天下国家の利益を第一に考えていただきたいと思います。

 

国民の気持ちに寄り添うことは大事ですが、人気取りはいただけません。その境界線をどう考えるか、最後は政治家の良心なのかもしれませんね。

 

繰り返しますが、本稿は一般論を述べたもので、福島に関する具体的な事例について論じたものではありません。ご理解いただければ幸いです。

 

今回は、以上です。

 

 

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塚崎 公義

久留米大学教授

 

久留米大学商学部 教授

1981年東京大学法学部卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。主に経済調査関連の仕事に従事したのち、2005年に退職して久留米大学へ。
著書に、『老後破産しないためのお金の教科書―年金・資産運用・相続の基礎知識』『初心者のための経済指標の見方・読み方 景気の先を読む力が身につく』(以上、東洋経済新報社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)、『退職金貧乏 定年後の「お金」の話』『なぜ、バブルは繰り返されるか?』(以上、祥伝社)、『経済暴論』『一番わかりやすい日本経済入門』(以上、河出書房新社)など多数。
趣味はFacebookとブログ。

著者紹介

連載塚崎公義教授の目からウロコの経済談義

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