大型しゃもじが頭頂部に…上司から受け続けた理不尽な暴力とは

本記事では、朝日新聞記者・牧内昇平氏の著書、『過労死: その仕事、命より大切ですか』(ポプラ社)より一部を抜粋し、長時間労働だけでなく、パワハラ、サービス残業、営業ノルマの重圧など、働く人たちをを「過労死」へと追いつめる職場の現状を取り上げ、その予防策や解決方法を探っていきます。

休日デート中、上司からの「理不尽な指示」とは

2010年初冬、全国有数の繁華街「渋谷センター街」に立つ商業ビルで、当時24歳だった青年が自ら命を絶った。ビルの4階にあるステーキ店の店長を務めていた心やさしい青年を追いつめたのは、極度の長時間労働と上司からの暴行だった…。

 

前回の続きです(関連記事「極度の長時間労働と暴力で自死…残業は過労死ラインの3倍近く」参照)。

 

長時間労働に加えて、古川和孝さんを追いつめていたものがあった。それを教えてくれたのは、和孝さんの職場の仲間たちだった。

 

「カズはいつも怒られていました。殴られることもあったんです」

 

泣きながら両親にそう話したのは、センター街店の元従業員で、和孝さんと交際していた中国人女性Kさんだ。Kさんは07年4月に来日し、日本語の勉強をしながらセンター街店でアルバイトをしていた。仕事を教えてくれた和孝さんのやさしい人柄にひかれ、二人は交際を始めていた。

 

「加害者」は和孝さんが勤めていた渋谷東口店やセンター街店を統括するエリアマネジャー職のAだった。上司とはいえ年齢は1歳しか変わらないこの男から、和孝さんは暴力や理不尽な指示などさまざまないじめ、パワハラを受けていたという。

 

Kさんによると、ある日和孝さんの顔がひどくはれていたことがあり、理由を聞くと、和孝さんは「Aに殴られた」と話した。亡くなる2年前の2008年9月5日には、こんなこともあった。この日は、前月から交際し始めた二人の初デートの日だった。横浜の遊園地に出かけ、6枚つづりの乗り物のチケットを買った時、和孝さんの携帯電話が鳴った。Aからだった。電話を切ると和孝さんは深いため息をついた。「店で使うソースが足りない。買って届けるように」。電話の主は、つかの間の休日を楽しんでいる和孝さんにそう命じたという。

 

結局二人はほとんど遊ばずに渋谷に引き返した。和孝さんは近所のスーパーでソースを買って店に届け、そのまま3時間ほど店に残って働いた。Kさんはその間、店の近くのコーヒー店で沸き上がる怒りや疑問と戦いながら、和孝さんの仕事が終わるのを待った。ソースはどこのスーパーでも手に入るごく一般的なものだった。だとしたら、その日のアルバイトが買いに行けば済むはずではないか。久しぶりの休日なのに、なぜ──?

 

Kさんは、このデートの時に使えなかったチケットをいつまでも捨てずに持っていた。よほど悔しかったのだろう。

会社の朝礼中、上司が拳骨で頭を二度強く叩いた

ほかの同僚たちからも証言が集まっていった。両親が会社を相手取った裁判を起こした時、彼らが両親の求めに応じて裁判所に提出した書面から紹介したい。

 

別の店舗で働いていた中国人アルバイトJさんは、こんな場面を目撃したそうだ。2カ月に一度行われていたというS社本部での朝礼の時のいきさつだ。その日、Aと和孝さんは隣り合って座っていた。朝礼の途中、社長が和孝さんに発言を求めた。いきなり名指しされて驚いたのか、和孝さんは黙っていた。

 

〈すると次の瞬間、Aさんは立ち上がって、拳骨で和孝さんの頭を二度強く叩いたのです。(中略)和孝さんはとても痛かったようで、殴られた部分を手でさすっていました。Aさんの手の出し方は、親しみを込めてやったというようなものではないことは、叩き方からよくわかりました〉

 

暴行の決定的な現場を目撃した人が、もう一人いた。渋谷東口店の男性アルバイト、Hさんだ。

 

〈平成21年の7月ころだったと思いますが、Aが、東口店の厨房のガラス窓付近にかかっている長さ50センチメートル、バドミントンラケットよりもやや小さな面をもった木のしゃもじで古川君の頭を殴ったのを見ました。Aは右手にしゃもじをもって、思い切り古川君の頭のてっぺんに向けて振り抜きました。相当な力で振り抜き、すごい音がしたので、私はかなり驚いたのを覚えています〉

 

「あの時のバチーンという音、今でもハッキリと覚えています」

 

和孝さんが亡くなってから3年後の夏、わたしは都内の喫茶店でHさんと会った。すでに前述の陳述書には目を通していたが、あまりに常軌を逸した話だったため、本人から改めて聞いてみたかったのだ。Hさんは前後の状況について記憶があいまいな部分があったものの、「暴力をふるった」という核心部分については鮮明に覚えていると言い切った。

 

その時、Hさんはホールで接客を担当していた。客の入りがいったん落ち着いた時間帯にキッチンのほうの様子をうかがうと、Aが持っていたしゃもじをおもむろに振り上げる姿が目に入った。店にディスプレイとして飾っている大型のしゃもじだ。驚いたHさんが止めに入る間もなく、しゃもじは和孝さんの頭に振り落とされたという。

 

和孝さんが亡くなった時、Hさんはすでにステーキ店「K」のアルバイトを辞めていた。昔のバイト仲間から訃報を知らされた時のショックは大きかった。

 

「『早くやめた方がいいよ』と古川君に伝えたこともあったんですが……」

 

Aがほかの従業員を標的にした形跡はない。なぜ和孝さんだけが目の敵にされていたのか。ずっと気になっていたことをHさんに聞いてみた。

 

「たしかに古川君は仕事が早い方ではなかったです。でも、そんなの殴る理由になりませんよね。あえて言うなら古川君はやさしすぎたんだと思います。少し気が弱いと言えるくらいに。僕はその反対で嫌なことをされたら食ってかかるから、一度も被害に遭わなかった。古川君はやさしかったからターゲットにされたのだと思います」

 

裁判で頼まれれば必ず証人に立ちます──。そう明言して、Hさんは喫茶店を後にした。

一度失敗したラーメン店を息子と再開する夢

心やさしい青年Hさんが話した「やさしさ」は、和孝さんの生来の性格だったようだ。

 

幼稚園に通っていた頃、「地震体験車」に乗る親子行事があった。テーブルやイスを置いた荷台が地震のときのように揺れるトラックだ。

 

多くの園児は先生に教わった通り、揺れ始めるといち早くテーブルの下に入った。だが和孝さんは揺れを感じると「早く入って」と母をテーブルの下にうながし、小さな体で母を包み込もうとした。そのせいで自分の体はテーブルからすっかりはみ出してしまっていた。「あんた、なにしてんの」と母は赤面したが、担任の先生は「こんな子ははじめて。やさしいね」と大いにほめてくれた。

 

高校時代にはこんなこともあった。剣道の特待生として進んだ私立高校は、電車で通うと片道2時間ほどかかるため、和孝さんは顧問の先生宅に下宿していた。実家にはめったに帰ってこなかったが、一度だけ、同級生にいじめられて学校から逃げてきたことがあった。あきれた父が「やり返せばいいじゃないか」と言うと、「僕はけんかは嫌いだ」ときっぱり断った。

 

高校を卒業した和孝さんは続けてきた剣道を生かすことなく、飲食店で働く道を選んだ。これには両親の影響が多分にあるだろう。

 

政幸さんは高校を出てすぐ地元・青森から上京し、肉料理を中心とした別の外食チェーンで働き始めた。四谷の店でしゃぶしゃぶやすき焼きをつくっていた頃、そこでアルバイトをしていた美恵子さんと出会い、結婚した。美恵子さんの実家は都内でそば屋を営んでおり、二人は和孝さんを美恵子さんの両親に預けて働きに出た。そば屋の隅っこに置かれた乳母車が、赤ん坊のときの和孝さんの定位置だった。

 

政幸さんは40代で独立して埼玉県川口市内にラーメン店を開いたが、軌道にのらず4年で廃業。ハローワークで見つけた仕事が、「K」だった。

 

父子が最も濃密な時間を過ごしたのは、「K入谷店」で一緒に働いていた頃だ。開店1時間前に一緒に通勤。父がキッチンで仕込みをし、息子はフロアを掃除した。銀座のレストランで経験がある和孝さんには、接客で教えることは少なかった。そのぶん、野菜の切り方や肉の焼き方の基礎を丁寧に教えた。

 

2人とも早く帰宅できる日は、店の近くのそば屋に入った。政幸さんはいつもせいろと天丼のセット。和孝さんはカツ丼セットだった。瓶ビールも二人で一本頼んだ。昼食ぬきで働いていた二人は黙々とどんぶりを平らげた。そば屋の前で別れ、父は帰宅し、息子は遊びに行く。そんな日もあった。

 

政幸さんには、一度失敗したラーメン店を息子と再開する夢があった。そのことをもちかけたことがあったかどうか、今となっては覚えていない。けれども、和孝さんの同僚からはこんな話を聞いた。

 

「カズは『将来はお父さんと店をやりたい』と言っていましたよ」

 

父のささやかな夢を和孝さんはともに叶えようとしていたのだ。

 

(続)

朝日新聞記者

1981年3月13日、東京都生まれ。2006年東京大学教育学部卒業。同年に朝日新聞に入社。経済部記者として電機・IT業界、財務省の担当を経て、労働問題の取材チームに加わる。主な取材分野は、過労・パワハラ・働く者のメンタルヘルス(心の健康)問題。

著者紹介

連載働く普通の人々に忍び寄る「過労死」という悲劇

過労死: その仕事、命より大切ですか

過労死: その仕事、命より大切ですか

牧内 昇平

ポプラ社

朝日新聞の好評企画が待望の書籍化!その不幸は突然やってくる。他人ごとではない「現実」を7年にわたって追った渾身のノンフィクション。過労死を「自分ごと」と感じるために。

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