「富裕層と教養」は、切っても切れない縁があります。資産防衛ももちろん大切ですが、富裕層同士のコミュニケーションを円滑に進めるためには、絵画や音楽など、芸術への造詣を深めることが大切です。そこで本記事では、「翠波画廊」代表取締役の髙橋芳郎氏が、画商として働くなかで得た知見を解説します。

 

「一生大切にできそうなもの」を次世代へと遺す

絵は、株や債券とは異なり、お金だけではなく、人々の生活を豊かにするものであるべきです。実際、純粋に金融商品としての目的で絵を購入することはお勧めしていません。たしかに近年、絵は値上がりを続けています。

 

しかし、画商やオークション会社を通して絵を購入すれば、当然そこには手数料としての利益が含まれています。ほかの耐久消費財、自動車や家電などのように購入すると同時に価値が下がるということはないにしても、絵を買ってすぐに売ろうとすると、たとえ同額で売れたとしても、手数料分は持ち出しになってしまうのです。

 

ですから、絵を買う時には、一生大切にできそうなものを選んでください。そして、自分が亡くなる時には、お子さんたちにその絵を遺してあげてください。その際に、絵にまつわる思い出話も一緒に語ってあげるとなおよいでしょう。

 

私はこれまでに、さまざまなお客様にお会いしてきました。どの方にとっても、所有している絵には、たくさんの思い出が詰まっています。そのような話を聞くたびに、絵はただのモノではなく、人生の一部なのだと感じます。

 

◆画商という仕事をしてわかった「絵画の楽しみ方」

 

私は若い頃、アート(芸術)が好きで美術大学に進学したのですが、作り手(作家)や、教え手(先生)には向いていないと感じ、進路に迷っていました。一方、私の父は田舎で小さな会社を経営していて、私に後を継いでほしいと考えていたようです。美大に行かせてくれたのも、自分の会社という就職先があるのだからと、わがままを容認してくれたのでしょう。私も、父の影響を受けて育ったので、商売は嫌いではありませんでした。

 

しかし、若かった私は、田舎で父の会社を継ぐのも面白くなく、むしろせっかく美大を卒業したのだから、アートに関わる仕事につきたいと思うようになりました。それが、画商の仕事に興味を持ったきっかけです。

 

美大卒業前に、進路について父に相談した時も、反対はされませんでした。内心、自分の元に戻ってきてほしいと思っていたであろう父ですが、私の意見に反対せず、次のように言ってくれました。

 

「仕事は、将来性があるとか、金が儲かるとかで選ぶものじゃない。自分が好きで情熱を持って取り組めることを仕事にするものだ。どんな仕事でも仕事というのはいい時もあれば悪い時もある、思うようにいかなくなって苦労したり、しんどくなったとしても、自分が選んだ仕事ならこんなはずじゃないなどと思わず、得心できるだろう」

 

その言葉を胸に、まずは大手の画商に就職して仕事を覚え、その後、予定どおり独立しました。ビジネスをしていくうえで、今は亡き父のアドバイスには、随分と助けられました。父から多くを学べたことは幸運であったと感謝しています。

 

私はこれまで、画商として、数多くの画家と接してきました。さまざまな性格の方がいらっしゃいましたが、一つだけ言えるのは、どの方もみな絵が好きで、時間があればいつでも絵を描きたいという無邪気な心を持っていることです。

 

私の息子が幼い頃、一緒にリゾートホテルに泊まったことがあります。ジャグジーのあるお風呂にバスジェルを入れるとバスタブから泡があふれ始めました。それを見た息子は大喜びして服を脱ぎ、お風呂に飛び込んでいったのです。

 

ふと気づくと、息子は鼻歌を歌いながら一生懸命、泡で遊んでいます。そこで私が「鼻歌歌ってご機嫌だね」と言うと、驚いたような顔で「歌なんか歌ってないよ」と答えるのです。その後も鼻歌を歌いながら遊んでいたのですが、本人にはまったく歌っている意識がないのです。一心不乱に自分の世界に没頭していたのでしょう。

 

画家が絵を描く時の心境も、どこかこれと似ているのではないでしょうか。特別の才能を神から与えられた蜘蛛が七色の糸を自在に紡ぎだすように、イメージが次々湧き上がってきて、それを形にするために、鼻歌を歌うように楽しみながら絵を描いていく、そして出来上がった作品には画家の喜びが反映され、見る者にその時の楽しさが伝わるのです。

 

絵を描くことが楽しくて仕方がない。けれどもあまりにもそれが楽しすぎるので、現実との折り合いがつけられない。そんな人が画家になるのではないかと、今は考えています。

 

では、作り手である画家が創作を純粋に楽しんでいるとして、その絵を見る鑑賞者の楽しみは奈辺(なへん)にあるのでしょうか。私は、鑑賞者にはさまざまな種類の楽しさがあると思います。たとえば、まずは純粋に鑑賞する楽しさがあります。

 

モネやマティスの絵を見ると、その色彩の眩さに、感覚的に快感を覚えます。次に絵を描いた画家の人生や、絵画に託した思いを読み解く楽しさがあります。ゴッホやモディリアーニの作品の美しさは、それを描いた画家の人生に思いを馳せることでさらに増幅されます。それから、絵画を収集する楽しさもあるでしょう。

 

収集とは、購入して私的所有するばかりでなく、本物を実際に自分の目で見る経験を積み重ねることも含みます。私は、好きな画家の作品を見るために、国内外の美術館を訪ねることが無上の楽しみです。このように絵画には、いろいろな切り口で関わっていく楽しさがあります。

 

もちろん、本記事で取り上げたように、絵画には美術品としての価値があり、その価値が金額で換算できるという側面もあります。それを当て込んで、絵画を投資の対象として捉えるのも一つの楽しみ方でしょう。

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髙橋 芳郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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