
「ものがぼやけて見える」「目がかすむ」「光がいつもよりもまぶしい」など、気にはなりつつも、見過ごしてしまっている「目」についての悩みはないでしょうか。そんな悩みを抱えたままでは、日々の不安が募るばかりです。本連載では、白内障・緑内障・網膜剥離手術に強みをもつ、はんがい眼科・院長の板谷正紀氏が、眼病の症状やその対処法について解説します。
水晶体の線維細胞が積み重なってできるのが「核」
現在の白内障手術は、技術の進展もあり、ほとんどの場合で安全に行えるようになっています。しかし、80歳を越えるような高齢の方や進みすぎた白内障のなかで一部に、水晶体が硬くなりすぎて白内障の手術が難しくなってしまうケースがあります。はんがい眼科で「ハイリスク白内障」と呼んでいるケースの1つです。
水晶体の真ん中を占める核は元々透明ですが、加齢とともに黄色くなるとともに硬くなります。さらに進むと褐色になりカチカチに硬くなります。
核が硬くなりすぎると、通常の白内障手術で行われている核を砕くというプロセスがむずかしくなってしまいます。頑張って砕こうとすることで、水晶体のふくろを破ってしまったり、角膜にダメージを与えてしまうことが起こるのです。
どうして水晶体が硬くなってしまうのか、また硬い場合はどのように対処すればいいのか、今回は水晶体が硬くなりすぎてしまう症例について詳しくお伝えします。
◆水晶体とは
水晶体は、直径約9mm、厚さ4~5mmの透明な凸レンズの形をした組織です。中身となる核や皮質などの組織を水晶体嚢(すいしょうたいのう)というごく薄い膜のふくろが包んでいます。ふくろの周囲には、チン小帯という細い線維が周りの筋肉(毛様体筋[もうようたいきん])とつなげて支えるとともに、水晶体の厚みを変えてピントを合わせる働きをしています。

水晶体の働きはカメラで例えるとレンズに当たります。角膜とともに、目に入ってきた光を屈折させて、同じくカメラでいうところのフィルムに相当する網膜にピントを合わせています。また水晶体はゴムのような弾力のある組織であり、見たい場所によって厚みを変えることで、遠くにも近くにも、自在にピントを合わせる調節機能も司っています。
この水晶体が加齢とともに弾力を失って硬くなり、ピント調節機能が低下した状態が、皆さんもよくご存じの「老眼(老視)」です。そして、さらに加齢によって水晶体に濁りが出てくる症状が「白内障」となります。
◆核とは
それでは次に、水晶体が硬くなる仕組みについてご説明します。水晶体のふくろの内側、いちばん表面に近いところには、水晶体上皮細胞が一列に並んでいます。この細胞が、水晶体の中身である線維細胞を生涯にわたって生み出し続けます。
そのため、水晶体のなかでは線維細胞が木の年輪のように層になって重なっており、皮質とよばれる部分を形づくっています。
皮質は柔らかい組織ですが、加齢とともに線維細胞がどんどん積み重なってくるため、古い細胞が中央に集積され、次第に硬い部分ができてきます。これが水晶体の「核」とよばれる部分です。平均的には50歳前後から、核が確認されるようになります。

また加齢によって起こる白内障は、皮質が濁る「皮質白内障」とともに、この核が濁ってくることで起こる「核白内障」が多くなっています。
核の硬さは「グレード1~5」の5段階
水晶体の核は、はじめは透明な組織ですが、年齢が高くなるにつれて少しずつ白っぽく濁ったり、黄色味を帯びてきて、次第に褐色へと変化していきます。また、線維細胞がどんどん重なっていくため、硬く、大きくなっていきます。
白内障手術の際は、水晶体の核の硬さと色によって、白内障の進行度をグレード1~5の5段階で評価しています。このグレードは、手術の難しさのグレードでもあります。


グレード1が白内障の初期、グレード2と3が中期の白内障、グレード4、5は重度の白内障となり、4の後半から5にかけては「ハイリスク症例」になります。
グレード5になると上の表でも「石のように硬い」とありますが、ガチガチに硬いのに加えて、ニカワのような弾力性のある硬さになるのが特徴です。このようになると、核を砕くのが困難になります。
核が硬くなると「手術のリスク」がアップ
通常の白内障手術は、「超音波乳化吸引術」という手術法が行われます。これは、次のようなプロセスで進めます。
①角膜の小さい創口から器具を入れ、水晶体を包んでいる「ふくろ」の前面を丸く切開する。
②そこから水晶体核に超音波を当てて濁った核を砕き、吸引して、取り除く。
③残った「ふくろ」に眼内レンズを挿入する。

このとき核が硬くなりすぎていると、通常より高いパワーの超音波を長時間当てなければならなくなります。そのため、水晶体を砕いて吸引するつもりが、後ろの「ふくろ」まで破ってしまうリスクが高まります。ふくろが大きく破れてしまうと、そのままでは眼内レンズを入れられなくなってしまいます。
また超音波を当てる時間も長くなるため、それによって角膜の内側にある角膜内皮細胞にダメージを与え、角膜内皮細胞の数を減らしてしまいます。
角膜内皮細胞が極端に少なくなると、角膜に濁りが出て(水疱性角膜症)、視力が低下してしまいます。それを改善するには、角膜移植(角膜内皮移植)が必要になることもあります。
水晶体を丸ごと取り出す手術を行うことも
◆眼科を受診せずに病気が進行してしまう
水晶体の核が硬くなって、黄色や茶色に変色してくると、目が見えなくなるのではと思う人もいるかもしれません。
しかし、核白内障が中等度に進行したグレード3でも視力が1.0以上ある人もいて、核白内障の進行度と視力はかならずしも一致しません。なかにはグレード4でも、ぼんやりと見えていているため、何とか日常生活を送り続けてしまい、眼科を受診しないで過ごされる方もいます。

一般には、年齢が高くなるほどグレードも高くなりますから、高齢の方は見えにくい、光をまぶしく感じるなどの症状を感じ始めたら、あまり白内障が進みすぎる前に、眼科で相談してほしいと思います。
◆核が硬くなると医師の技術が必要になる
核が硬くなっている方でも、多くの場合は超音波乳化吸引術で行うことができますが、その場合はふくろや角膜内皮を傷つけないように慎重に手術を進める必要があり、執刀医は高い技術と精神力を求められます。
また万が一、ふくろが破れてしまった場合でも、適切に必要な処置を行える医療機関で手術を受けるようにしておけば安心です。
核が硬すぎて超音波乳化吸引術を行えない場合は、水晶体を丸ごと取り出す「水晶体嚢外摘出術」を行うこともあります。はんがい眼科では、このようなケースの患者さんには、術後の乱視などの合併症が起こりにくい「小切開水晶体嚢外摘出術」を行っています。
◆術後の乱視を抑える小切開水晶体嚢(すいしょうたいのう)外摘出術
通常の「水晶体嚢外摘出術」は、角膜に沿って10mmほど大きく切開して水晶体の中身を丸ごと取り出します。この手術法では角膜を何カ所も縫合するため、術後の乱視が起きやすい、回復までに時間がかかるといった難点がありました。
それに対して、小切開水晶体嚢外摘出術では角膜から少し離れた強膜(白目)をフラウン切開という方法で7~8mm程度切開し、水晶体を取り出すため、術後に起きる乱視を少なくでき、回復も早いというメリットがあります。
★板谷院長のひとことアドバイス
水晶体の核が硬くなりすぎると、水晶体のふくろが破れる合併症や角膜内皮細胞が多数減少するリスクが高まります。高齢者ほど核は硬く、水晶体のふくろは弱っています。ほどほどの硬さで白内障手術を受けていただくほうが得策です。
•水晶体の線維細胞が中心に集まって圧縮されて核が生まれ、年齢とともにどんどん硬くなっていきます。
•核が硬くなりすぎると、水晶体の後ろのふくろを破ってしまったり、角膜にダメージを与えてしまうリスクが高くなります。
•硬い核の白内障を治療するには、高い技術で超音波乳化吸引術を行うか、小切開水晶体嚢外摘出術を行う必要があります。
板谷 正紀
医療法人クラルス はんがい眼科 理事長