何年も寝たきり…年金目当てで無理やり生かされる高齢者の悲劇

超高齢社会に突入している日本。6年後には団塊の世代が75歳以上になるといういわゆる「2025年問題」が待ち構えている…。本記事では、日本の平均寿命・健康寿命の推移から、延命治療の現状や問題点を取り上げる。

寝たきり老人がいないスウェーデン

皆さんは「健康寿命」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? これは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間を指します。介護などに頼り、自分で自分の暮らしをまかなうことができなくなると、「健康寿命が尽きた」ということになります。

 

厚生労働省によると、日本人の平均寿命・健康寿命は次のように推移しています。

 

2013年、日本人男性の平均寿命は80.21歳でした。一方、健康寿命は71.19歳で、その差は9.02年です。また、女性の平均寿命は86.61歳だったのに対し、健康寿命は74.21歳で、その差は12.40歳でした。簡単にいえば、歳をとった男性は9年、女性は12年あまりにわたって「不健康な期間」を過ごすことになるのです。なかには、寝たきりになって人生の最後を過ごす人もいるでしょう。

 

厚生労働省の「平成28年版高齢社会白書」によると、2013年の時点で「要介護5」(寝たきりの状態)に認定されている65歳以上の人は58.6万人います。日本全体の65歳以上人口は3190万人なので、高齢者の1.8%が要介護5の認定を受けていることになります。介護認定を受けていない人もかなりいるため、寝たきりになっている高齢者の割合は、これよりさらに高いでしょう。

[図表1]平均寿命と健康寿命の推移 厚生労働省「健康日本21(第二次)資料」より作図
[図表1]平均寿命と健康寿命の推移
厚生労働省「健康日本21(第二次)資料」より作図

 

これに対し、スウェーデンには寝たきり老人がほとんどいません。原因としては、生活習慣や社会環境などさまざまなものが挙げられています。しかし、そのなかで最も重要なのは、「胃ろう」がないことではないかと、私は考えています。

 

胃ろうとは、お腹に穴を開けて管を通し、胃に直接、水分や栄養分を送り込むことです。何らかの事情で口から食事がとれなくなった人を生かすため、日本ではこの方法がしばしば選ばれます。ところがスウェーデンでは、高齢者に胃ろうの処置をすることはほとんどありません。食べられなくなった高齢者に対しては「嚥下(えんげ) 訓練」(食べ物を飲み込むトレーニング)を行いますが、それでも食べられない人には無理な栄養補給はせず、そのまま自然に寿命が尽きるのを待つことがほとんどなのです。

 

[図表2]胃ろうのしくみ NPO法人PEGドクターズネットワーク ホームページより作成
[図表2]胃ろうのしくみ
NPO法人PEGドクターズネットワーク ホームページより作成

 

ベッドの上で長生きを強いられる人々

私は、胃ろうという治療法を全否定しているわけではありません。口や食道に問題があって一時的に食べることができないが、いずれは回復して食事をとれるようになると見込まれる患者には、胃ろうがベストの処置だというケースもあるでしょう。

 

でも一般論としては、胃ろうによって命を無理やり維持することは、患者のためにならないと考えます。しかも、胃ろうになれば月に数万円の医療費がかかることも高齢者にとって大きな負担です。

 

口から食事をとるためには、ある程度の体力が必要です。逆にいえば、口から食事がとれないような状況になると、人が生きていく上で最低限度の体力すら残されていないということなのです。その状態で無理やり栄養を流し込まれ、意識もほとんどないまま、チューブにつながれ生かされているのは、果たして倫理的に正しいのでしょうか?

 

次に紹介するEさんのご主人は、胃ろうによって「生かされている」ように見える状態の方です。

 

○Eさんの場合

 

【プロフィール】

65歳女性。高校卒業後は一般企業に勤め、そこで夫と職場結婚。その後はパートタイマーとして働きながら4人の子どもを育てた。5年前、夫が勤務中に倒れ、脳出血の後遺症で寝たきりとなっている。

 

【家族構成】

70歳の夫は市内の病院を転々としている。40歳の長女、37歳の長男、35歳の次女、31歳の三女がいるが、それぞれ家計に余裕がなく、経済的な支援は期待できない。

 

【経済状況】

職人として働いていた夫の国民年金と、自分の国民年金を合わせると、月に9万円程度。他に、パートで働いている収入が月4万円程度で、合計月13万円の収入がある。預金はほとんどない状態。

 

Eさんのご主人は腕のいい職人だったそうです。真面目に仕事をこなし、Eさんと協力しながら4人の子どもを全員大学まで通わせました。学費の負担は重く、Eさん夫婦には貯蓄がほとんどない状態でした。それでも学費は足りず、次女と三女は奨学金を借りて大学を卒業したそうです。

 

それでも、ご主人が元気だった頃は何も問題はありませんでした。職人の世界には定年がありません。ご主人は「俺は生涯現役だから、身体が動くうちは食べていけるさ」とよく笑っていたそうです。ところが、そのご主人が65歳のとき、突然めまいを起こして倒れました。その際、頭を強く打って脳出血を起こし、寝たきりになってしまったのです。

 

ご主人の入院生活はもう5年になります。この1年半は、7回も転院を繰り返しました。病院で長期間入院できる「療養病床」がなかなか見つからないため、短期間しか使えない「一般病床」を渡り歩いているそうです。

 

年金とパート収入を合わせると、月の収入は約13万円。一方、ご主人の胃ろう費用やおむつ代が月3万~5万円もかかり、生活はかなり苦しい状態です。子どもたちにはそれぞれ家庭がありますし、次女と三女は奨学金も返している状態なので、とても頼るわけにはいかないといいます。また、Eさんは一時期、ご主人を特別養護老人ホームなどに入所させることも考えました。しかし、胃ろうなどの医療措置が多いため、受け入れてくれる施設は見つかりませんでした。

 

Eさんは今年で65歳です。今はギリギリで生活できていますが、今後、働けなくなったらと考えると夜も眠れないと、よく私にこぼしています。

家族の都合で生かされている高齢者たち

Eさんのご主人は、Eさんをはじめとする家族から望まれ、胃ろうという形で延命処置を受けています。ところが世のなかには、家族の都合で無理やり生かされている高齢者も少なくありません。

 

日本では高額療養費制度があるため、医療費の上限額が決まっています。ですから、寝たきりの高齢者が長期間にわたって入院を続けていても、医療費の負担は月数万円で済みます。食費やおむつ代などを加えても、毎月の費用は10万円を超えないことがほとんどでしょう。

 

これに対し、入院している高齢者が厚生年金に加入していた場合、月に十数万~二十数万円の年金が受け取れます。

 

つまり、高齢者に生きていてもらえれば、月数万円の医療費を上回る年金が受け取れる。だから、お金のために生き続けてほしいと考える家族が少なくありません。

 

以前は、病院側もこうした家族に荷担していた面がありました。

 

当時の医療費は「出来高払い」方式で、患者を治療するたびに医療費が受け取れていたのです。そこで、寝たきりの高齢者をたくさん受け入れ、延命処置をして収益を確保していた病院もありました。

 

ところが、2003年から「診断群分類包括評価(DPC)」の導入が始まり、診断病名ごとに医療費の上限が定められることになりました。そして、入院が長引いている患者についての医療費が引き下げられたのです。病院側は入院が長引けば赤字になります。Eさんのご主人が「儲からない患者」になったため、病院は退院・転院を勧めます。

[図表3]DPCによる診療費の比較
[図表3]DPCによる診療費の比較

 

そこでEさんは病院の求めに素直に応じ、定期的にご主人を転院させています。しかし、なかには病院に対し、「死にかけている家族の面倒を見ないなんて、お前たちは鬼か!」などと大声を出し、何か月、何年も寝たきり患者の面倒を見させている家族もいるようです。

 

残念なことに、自分の意思とは関係なく、年金目当てに生かされている高齢者も少なくはないのです。

意識のないまま生かされる高齢者は幸せか?

点滴や呼吸を補助する人工呼吸器のチューブ、尿をとるバルーンなどの管、脈拍や血圧を調べるためのチューブ類を何本も体に付け、ほとんど意識のないまま長期間にわたってベッドに寝かされている。こうした状態を「スパゲティ症候群」と呼ぶことがあります。

 

私が医学部の学生だった頃、実習先の病院でスパゲティ症候群の患者を何人も目にしました。意識はなく、点滴や胃ろうで栄養を与えられ、かろうじて心臓を動かしているという状態の人々を見て、私は強い衝撃を覚えました。そして、ベッドで何か月、何年も意識のないまま生かされている人は、本当に幸せなのだろうかという疑問を感じざるを得ませんでした。

 

それから20年以上が経過し、私も医師としての経験を積み重ねてきました。この間に看取らせていただいた方は、恐らく数百人になると思います。数多くの患者を見送ってきたことで、私は一つの結論に達しました。それは、「医療機器につながれ、回復の見込みもないまま無理やり生かされている高齢者は、不幸である」ということです。

 

私の意見は、決して異端ではありません。医療関係者も一般の人々のなかにも、同じ考え方をしている人はたくさんいます。

 

厚生労働省が医師や看護師、介護施設の施設長や介護職員に対して行った「人生の最終段階における医療に関する意識調査」によれば、2008年時点で「治る見込みがなく死期が迫っている(6か月程度、あるいはそれより短い期間を想定)と告げられた場合の延命治療」を希望する人は、たったの11.0%しかいませんでした。一方、「延命治療は望まない」、もしくは「どちらかというと延命治療は望まない」と答えた人は、71.0%もいたのです。しかも、「延命治療を望む」と答える人の比率は、年々下がっています。

[図表4]延命治療に対する希望(2008年) 厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査」より作図
[図表4]延命治療に対する希望(2008年)
厚生労働省「人生の最終段階における医療に関する意識調査」より作図

 

このデータでもお分かりの通り、延命をするための医療機器によって高齢者を「無理やり生かす」ことは多くの人が望ましくないと考えています。スパゲティ症候群は、人の尊厳を傷つける行為、高齢者に対する虐待行為だというのは、社会的なコンセンサスとなりつつあります。

 

 

森 亮太

医療法人 八事の森 理事長

 

 

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医療法人 八事の森 理事長

医療法人八事の森理事長(杉浦医院院長)。NPO法人ささしまサポートセンター理事長、NPO法人外国人医療センター理事、名古屋労災職業病研究会代表。1970年生まれ、1998年名古屋市立大学医学部卒。宗教法人在日本南プレスビテリアンミッション淀川キリスト教病院で内科・小児科から救急、ホスピスでの緩和医療まで幅広く研修。2000年名古屋市立大学臨床研究医、名古屋市立東市民病院(現・名古屋市立東部医療センター)で外科医として勤務。2010年4月から杉浦医院の副院長、2011年1月より院長に就任。

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