
インバウンド需要が盛り上がるなか、不動産会社・建設業者を中心に積極的な宿泊施設の開発が進んでいますが、同様に個人投資家の意欲も高まっています。しかし、成功するには建物・エリア等の見極めが非常に重要であり、また、通常の賃貸物件投資とは異なる視点も不可欠です。今回は、古民家を再生した一棟貸切旅館・ゲストハウスを作る際の着眼点を伝授します。※本連載は、外国人宿泊客に人気の高い古民家を再生した旅館づくりのポイントを「一棟貸切旅館」のプロデュースに多数の実績をもつ筆者がわかりやすく解説します。
インバウンド需要高まるも、客の8~9割は日本人旅行者
①ターゲットの明確化
古民家を再生した一棟貸切旅館の場合、広さによりますが、宿泊定員は4名~10名程度になります。大人数が泊まれる宿泊施設には、和室がある旅館やリゾートホテルがあります。競合施設と差別化し、一棟貸切旅館ならではの強みを発揮できるターゲットを探ってみましょう。
●高まるインバウンド需要
日本の周辺諸国(中国/アジア諸国)の経済発展による海外旅行の増加、日本政府のビザの緩和、空港発着枠拡大、免税拡大により、近年訪日外国人客数が急増しています。今後もオリンピック、万博、カジノ、周辺諸国の経済発展により増加が見込まれます。外国人旅行者のグループ旅行を狙うべきなのは明らかですが、それだけでは競合施設と差別化するのは難しいかもしれません。
●国内の延べ宿泊者数の「8~9割」が日本人旅行者
観光庁が実施した「年別・延べ宿泊者数推移調査(平成25年~平成29年)」によると、日本国内における平成29年1月~12月の延べ宿泊者数5億960万人泊のうち、日本人旅行者が8~9割を占めています。一方、外国人旅行者の延べ宿泊者数は平成25年以降、2倍以上に急成長しています。
![[図表1]年別・延べ宿泊者数推移(H25~H29)](/mwimgs/4/a/640/img_4aa7ce4e9921e0fd89dcf1533464c18c54671.jpg)
http://www.mlit.go.jp/common/001247514.pdf
こちらのデータから、日本人旅行者を取り込んでいくことが重要だということがわかります。日本人でグループ旅行といえば、子連れ旅行、家族三世代の旅行、学生旅行、友人同士の旅行などが考えられますが、一棟貸切旅館の強みを発揮できるのはどのターゲットでしょうか。
●観光旅行に行きづらい「子育て世代」
日本人は1年に何回旅行に行っているのでしょうか? 観光年報2017の世代別調査によると、日本国内において、10代から60代まで各年代ともに、年1~2回の旅行をしています。ただし、30~40代を見てみると、男女ともに観光・レジャーに行く機会が減少します。特に、30代女性については、「帰省旅行」が急増する傾向があるようです。
子育て世代である30代には以下のような「子連れ特有の課題」が存在し、観光旅行に行きにくくなっている可能性が考えられます。
①安全面の懸念
段差での転倒、家具の角にぶつかってケガをするのが心配
自宅と違い、チャイルドロックが不十分で心配
②荷物の大きさ
子ども用の消耗品だけで大荷物になる
自宅にある器具(ベビーカー等)を持ち入れにくい
③周囲への配慮
ロビーでの泣き声や、部屋内での足音が隣室・階下に響かないか気になる
大浴場だと、子どもが走り回るのでゆっくりお湯につかれない
④一体感の欠如
ベッドがあると狭いため子どもが歩き回れない
靴で出入りするため衛生面も心配(ホテル洋室)
子連れで外食できないので、部屋食・バイキングがある宿泊施設しかむずかしい
●一棟貸しの古民家旅館だから解決できる課題
下記に紹介するのは、2018年6月の株式会社日本旅行のニュースリリース、「日旅ニュース」に掲載されていた「初めての子連れ旅行に関するアンケート」の結果です。
Q:子連れ旅行において宿泊施設を選ぶポイントは?
A:「お部屋または個室で食事ができる」60%
「貸切風呂がある」39%
「キッズルームがある」19%
「大浴場にバスチェアがある」13%
「ベビーベットが借りられる」12%
![[図表2]子連れ旅行で「宿泊施設」を選ぶポイント(複数回答)](/mwimgs/e/b/640/img_eb742abeabceb0c671dd4873e40d0da759833.jpg)
上位2位までの回答は、ほかの宿泊客への迷惑を気にしたものである点に注目です。周りを気にせずに楽しめることが宿泊施設を選ぶ大きなポイントとなっています。この点、古民家旅館は一棟貸しのため、周囲へ迷惑をかける心配がありません。
子連れ旅行/三世代旅行をターゲットに設定し、「家族が安心して、みんなで団らんできる、居心地の良い宿」をテーマにした古民家旅館を目指せば、競合施設と差別化できそうです。なお、「家族が団らんできる、居心地の良い宿」は、「グループ旅行」や「外国人旅行」も取り込める可能性があります(下図参照)。
グルメ・文化施設・徒歩圏のコンビニも評価ポイント
②食事のよさ・観光エリアへのアクセス等の「強み」を調査
次に重要となるのは、エリアの強みです。宿泊客が食事できるレストランの充実度や、観光スポットへのアクセスを調査します。
そもそも、皆さんが旅行で最も楽しみにしていることは何でしょう? 同行者やライフステージによっても異なりますが、「おいしいものを食べること」は重要な要素です。
同時に、公益財団法人日本交通公社の「旅行年報2018」には、「18歳未満の子どもと一緒の家族旅行で最も楽しみにしているのは〈観光・文化施設(水族館や美術館、テーマパークなど〉を訪れること」であると記載されています。また、三世代の家族旅行では「温泉に入ること」が重要視されています(公益財団法人日本交通公社「旅行年報2018」、https://www.jtb.or.jp/wp-content/uploads/2018/10/nenpo2018_1-2.pdf)。
また、古民家旅館の場合、住宅を活用した物件なら住宅街に、別荘を活用した物件なら山奥にあるケースもあります。周囲に宿泊者が楽しめる環境があるかどうか、以下の項目を調査することが大切です。
★宿泊客が食事できるレストランがあるか
★コンビニがあるか(徒歩圏内が望ましい)
★観光スポットにアクセスしやすいか
下図は弊社で箱根の物件の周辺を調査した際のマップです。飲食店が多く、コンビニも徒歩圏内にあり、利便性が高い物件であることがわかります。
周辺の物件の稼働率&宿泊単価を確認!
③近隣の競合物件の稼働率・宿泊単価の調査
現実的な収益シミュレーションを組み立てるために、近隣の競合物件の稼働率や宿泊単価を調査しましょう。
ご自身で調べる場合は、AirbnbやBooking.comで大体の傾向をつかむことができます。
検索画面で物件の地域、チェックイン・アウト日を仮で入れ、宿泊人数(4~6人)を入力します。検索結果一覧を地図で表示することができますので、周辺の単価を参考にします。また、周辺の施設をひとつひとつクリックして、予約カレンダーの埋まり具合を見て大体の稼働率を調べます。
弊社では自社開発した独自のプログラミングツール「ミエル君」を使って自動分析を行っています。宿泊施設の客単価をマッピングすることができ、その際に客単価を色の濃淡で表すこと(単価が高くなるほど円の外周の色が黒くなり、安くなるほど白くなる)で、直感的な調査を行うことができます。
物件の位置情報だけではなく、観光地や駅、バス停の位置などを地図上に全てマッピングすることができるので、物件の利便性も同時に調査することができます。
古民家が秘めている「潜在的な魅力」を生かそう
④物件の強みを生かしたリフォームプランの策定
物件の持つ強みを生かして、魅力的な旅館にするリフォームプランを考えます。リフォーム費用は今後の利回りに影響を与えますので、予算の上限をしっかり決めることが大切です。しかし、費用をかけるべきところはかけないと、競合施設との差別化が難しくなります。せっかくの物件が埋もれてしまえば宿泊予約が入らない危険性もありますから、注意が必要です。
実例として、箱根にある築45年の古民家をあげたいと思います。
箱根十七湯のひとつである「二ノ平」に位置する元別荘で、2階には見晴らしのいいテラスがあります。東京スカイツリーの高さと同じくらいの高台に位置しており、素晴らしい眺望が特徴の物件です。手入れは必要ですが、別荘らしい豪華な内装が残っており、既存の内装の持ち味を生かした設計が可能となります。
特徴を活かし、ニーズに対応したデザインを
⑤エリアや物件の特徴を活かし、ユーザーニーズに対応したデザインを施す
もうひとつ、「子連れ旅行の課題解決」をテーマに設計された、箱根の物件の例を紹介します。
こちらの2階には、特徴的なテラスと和室が2部屋あり、それらのすべての引戸を開け放つことで、子どもが走り回り、親や祖父母がくつろぎ、見守ることができるプランにしています。
階段やキッチンにはベビーフェンスを設けるなど、物件内のバリアフリー化はもちろん、玄関に通じる外部の階段をスロープに変更し、ベビーカー・車いすや旅行者のスーツケースに配慮した設計になっています。
内装には箱根の伝統工芸品である寄席細工を使用するなど、箱根の魅力を発信できる宿泊施設になってほしいと願いを込めてデザインしました。
まとめ
今回は、古民家を再生した一棟貸切旅館・ゲストハウスを作るときの重要事項を説明しました。インバウンド需要などの外的要因の調査を行い、エリアの強み・物件の強みを最大限に生かし、選ばれる宿泊施設にするにはどうすればいいのかを、常に考えることが重要です。なお、弊社がプロデュースする場合は、旅館業許可を取得するために、申請条件を満たすよう設計しています。
浅見清夏
ハウスバード株式会社 代表取締役
鈴木結人
マーケティングチームリーダー
竹内康浩
建築デザインチームマネージャー