経営者の夫が突然の病に!裕福な家庭を襲った「住宅ローン」

住宅ローン破綻にいたった家庭の事情は複雑で、さまざまな要素が絡んでいるため、お金の問題だけを解決しようとしてもうまくいきません。本記事では住宅ローン破綻にいたった家族を例にあげて、具体的に問題点をピックアップし、解決策を解説していきます。

温和な夫が「異常行動」を見せるように…原因は?

≪丸太さん(62歳・男性)

職業:電気工事会社経営

年収:1500万円

備考:15年前に脱サラして電気設備工事の会社を起業。会社設立当初は苦しい時代もあったが、温厚で真面目な人柄が評価され事業に成功。子どもは長男と次男がおり、2人とも成人後離れて暮らしている。

 

丸太さんの妻(58歳・女性)

職業:主婦

備考:自宅で料理教室を開くほどの料理好き。将来的には外食店を経営したいという思いがあり、自宅にはそのためのスペースを設けた。

 

物件とローンの詳細

住宅のタイプ:新築一戸建て(注文住宅)

購入価額:7500万円

うち住宅ローン:6500万円

ローンの詳細:返済期間35年・金利3.0%(元利均等)

公的金融機関、民間銀行から分散して融資を受けたため、自宅には保証会社の分を含め3番抵当権まで設定された。

 

毎月の返済額:25万153円

 

丸太さん一家が自宅を購入したのは15年前のことです。当時、事業が軌道に乗り、安定的に収入を得ていた丸太さんは京都市内でも人気の高いエリアに売り物件が出たことを知り、住宅ローンを組んでこだわりの注文住宅を建てたのです。

 

土地と建物を合わせた価格は6500万円あまりでしたが、さらにキッチンにプロ仕様の設備を導入したため、余分なコストが1000万円かかりました。合計7500万円のうち、頭金として自己資金を1000万円入れたので、住宅ローンの総額は6500万円、月々の支払いは25万円あまりにのぼりました。

 

大きな額のローンですが、丸太さんの年収は1500万円ほどあったため、ローンの審査に問題はなく、むしろ窓口になった銀行は「もっと借りませんか」とすすめたほどでした。

 

新しい住まいでの暮らしは一家にとって快適なものでした。住宅購入時に小学生だった長男と次男は新居で育ち、有名大学を卒業してそれぞれ独立していきました。事業も順調でローンの支払いに困ることはなかったのですが、15年を経て突然問題が発生しました

 

それまでバリバリ働いていた丸太さんに異常行動が見られるようになったのです。温和で顧客思いな人柄だったのが、仕事先とたびたびトラブルを起こすようになりました。簡単なミスが増え、指摘されるとキレるという今までの丸太さんからは考えられない行動をとるようになったのです。

 

家でもひんぱんに感情を爆発させるようになりました。すっかり人が変わってしまったことに家族は戸惑うばかりでした。病院で診断を受けた結果、認知症の一種である前頭側頭型認知症と診断されました。感情をコントロールする前頭葉と側頭葉に障害が起きる病気で、物忘れはあまり起きないものの、異常な行動や社会的に問題のある行動が増えるという症状に特徴があります。丸太さんの場合は顧客と喧嘩になることが増え、ついには仕事を続けることができなくなってしまいました。

収入が途絶えローンの支払いに行き詰まる

丸太さんの症状は急激に悪化し、仕事を続けることができない状態となりました。

 

一家の収入はそれまで、丸太さんの事業から上がる収益がほぼ100%を占めていました。料理好きの奥さんがたまに教室を開いて料理を教えていましたが、趣味の域を出ず、利益はほとんどありません。丸太さんが働けなくなると、一家の収入はあっという間に途絶えてしまいました。

 

困った奥さんは自宅を改装して喫茶店を始めることにしました。付き合いのある近所の高齢者などがお客として来てくれたものの、夫を介護しながらの営業なので、働ける時間にも限りがあります。

 

丸太さんは怒鳴ったり暴れたりするだけでなく突然倒れることもあったので、24時間目が離せません。片手間の喫茶店では売上は月に15万円程度にしかならないため、足りない分は貯金を切り崩しながら住宅ローンを支払い生活費を賄う暮らしでした。しかしながらローンだけで月額25万円かかる上、丸太さんの介護や通院にもお金がかかります。貯金はすぐに底をつき、ついには住宅ローンを支払えなくなってしまいました。

競売を避け、任意売却で自宅に住み続ける道を模索

住宅ローンの返済を滞納すると、通知書や督促状が届きます。丸太さんの家にも督促状が届くようになったため、奥さんが私のもとに相談にやってきました。

 

私が彼女にまず訊ねたのは「今後どのように暮らしたいのか」ということでした。答えによって適切な対応は変わってくるためです。

 

彼女が一番強く希望したのは「今の家にそのまま住みたい」ということでした。家に対する愛着が強い人は多いのですが、中高年の方は特に慣れ親しんだ地域社会に対する思い入れがあり、同じ場所で暮らしたいという強い思いを持っている傾向があります。

 

丸太さんの奥さんが自宅で喫茶店を開いたのは、なんとか収入を得たいという思いからでしたが、近所の人との交流を楽しめることが、辛い介護生活の中で得がたい楽しみとなっていました。

 

「出ていかなければと覚悟はしている」と言いながらも、彼女が本心から望んでいたのは「なんとか住み慣れた家で暮らしたい」ということでした。

 

ローンを滞納しているにもかかわらず、自宅に住み続けたいというのは虫のよすぎる希望に見えるかもしれません。けれども不可能ではないのです。

 

私がその方法として提案したのは「任意売却」でした。

 

金融機関と交渉して抵当権つきの物件を売却する任意売却とは?

 

不動産の売却には「競売」の他に「通常売却」と「任意売却」があります。「通常売却」は所有者の一存で売却を決断でき、価格や条件なども所有者が自由に決めることができるものをいいます。不動産であれ何であれ、普通は自分の持ち物を売るのに誰かの承諾を得る必要はありません。自分が売りたいときに、売りたい価格で売却することができます。

 

一方、抵当権が設定されている物件についてはそうはいきません。抵当権を外してもらわなければ売却できないため、住宅ローンの残債がある物件を売却したい場合には、残債を完済して、金融機関などの債権者に抵当権を外してもらう必要があります。借金をすべて返して、物件が完全に自分のものになった状態でないと、売却できないのです。

 

しかしながら、住宅ローンの返済に行き詰まっている人は残債を完済することができません。物件を売却したければ、抵当権者と交渉することで「売ってもいい」という同意を得ることが必須です。「誰に」「いくらで」「どんな条件で」売却するのかを所有者だけで決めることはできず、必ず債権者の同意が必要となります。これが任意売却です。

 

ローンを支払えなくなった人が金融機関と交渉して了承をとり、全額返済できない状況下で売買を成立させるためには金融機関の協力が必須ですが、多くの場合は交渉に応じてもらえます。金融機関にとっても任意売却にはメリットがあるためです。

 

債務者が任意売却を行わなければ、金融機関は抵当権を行使して物件を競売にかけることになりますが、競売には「いくらで売れるかわからない」という大きなデメリットがあります。市場価格の6~7割程度で売却されることが多く、残債が多い場合には金融機関にとって回収不能の大きな損失が発生します。

 

一方、任意売却でうまく買い手が見つかれば、市場価格に近い価格で売却することも可能です。金融機関にとっては「より大きな額を回収できる」というメリットがあるため、交渉に応じるケースが多いのです。

 

丸太さんの場合も抵当権を設定している金融機関との交渉を行い、任意売却の手続きを始めることとなりました。

任意売却の価格設定は3000万円に

競売とは異なり、任意売却は必ず成功するとは限りません。最大の障壁となるのは「ノー」という権限を持っている金融機関です。

 

基本的には競売よりメリットが大きいはずの金融機関ですが、売却価格が低くなれば回収できる額が少なくなるため抵当権の解消に応じてくれません。したがって「いくらで売るのか」が任意売却での大きなポイントとなります。

 

通常は不動産鑑定士などが査定を行い、妥当な金額を算出します。もっとも参考にされるのは近隣の取引事例ですが、丸太さん宅の場合にはあまり土地取引がなされないエリアだったので、参考にできる事例がほとんどありませんでした。

 

そこで路線価などその他の基準から割り出したところ、市場価格は3500万円程度となりました。

 

通常はこの価格で買い主を探します。市場価格より極端に低いと債権者である金融機関が同意してくれません。また債務者にとっても価格が低くなると残債が大きくなるため不利というのが一般的な考え方です。

 

しかしながら丸太さんのケースで私がつけた売出価格は3000万円でした。高値をつけると「住み続けたい」という希望を叶えることが難しいため、市場価格より500万円も低い値段をつけたのです。

 

幸い、金融機関の同意も得られたので、この価格で買い主を探すこととなりました。

ご近所で買い手が見つかり、住み続けられることに

買い手を探す中で私が条件としたのは「丸太さんの奥さんをそのまま住まわせてくれる人」を見つけることでした。

 

売出価格を市場価格より安い価格に設定できたため、買い主候補は多数見つけることができます。そんな中、「ぜひ買いたい」と手を挙げてくれたのは、丸太さん宅の近所に住む資産家のAさんでした。もともと丸太さん宅の立地に魅力を感じていたAさんは、「息子が結婚したら住まわせたい」という理由で購入を申し出てくれたのです。

 

そこで私が出したのは「息子さんが結婚するまでは、丸太さんの奥さんをそのまま住まわせてほしい」という条件でした。Aさんが承諾してくれたため、丸太さんとは賃貸借契約を結ぶこととなりました。丸太さんが所有していた物件は購入したAさんのものになりますが、Aさんがその家を丸太さんに貸すという形をとることで、丸太さんの奥さんはそのまま居住し続けられることになったのです。

 

一般的な賃貸借契約を結ぶと、Aさんの息子が結婚してその家に住みたいとなった際、丸太さんの奥さんに退去してもらうのが難しくなるので、2年という期限を定めた定期賃貸借契約を結ぶことにしました。2年後にまだAさんの息子が独身であれば、再度賃貸借契約を延長することもできます。

 

家賃は7万円と定めました。一般的に賃貸物件の利回りは10%程度が目安です。つまり3000万円を投資した物件であれば、年間300万円の家賃収入が目標となります。月額にすると25万円ですから、丸太さんが支払えなくなったローンの返済とほとんど同額です。そんな高額の家賃を支払うのは不可能なので、Aさんには一般的な家賃より大幅に低い7万円で納得してもらったのです。

 

Aさんにとっては、「気に入っていた場所に家を買えた」「市場価格3500万円の物件を3000万円で購入できた」「2年で出て行ってもらえる定期賃貸借契約を結べた」などの利点がありました。そのため相場よりかなり低い家賃で承諾してもらえたのです。

喫茶店経営を頑張り、生活が安定

自宅に住み続けられるようになった丸太さんの奥さんはその後、収入源である喫茶店の経営に励んでいます。以前はやっていなかったモーニングサービスを始めるなど、売上の増額に努めており、家計をどうにか賄えるようになりました。以前は25万円かかっていた住居費が7万円に下がったため、喫茶店の売上が少し伸びれば、生活していけるようになったのです。

 

売却にあたって諸経費などのコストがかかったこともあり、最終的に500万円ほどの債務が残りましたが、金融機関との交渉で「支払える範囲でかまわない」という合意が得られたため、残債については月々5000円程度返済しているだけです。

 

「家をなくしたら路頭に迷うところでした」。丸太さんの奥さんはしみじみ振り返っています。

 

喫茶店は自宅の一部なので、もし競売になっていれば、住む家を失うだけでなく収入源までなくなってしまいます。60歳近い年齢を考えると、就ける仕事はあまり多くありません。夫の介護と掛け持ちでは、採用自体も難しいでしょう。任意売却に成功したからこそ、丸太さんの奥さんは生活を立て直すことができたのです。

 

定期賃貸借契約が期限を迎えたら、家を明け渡すことになるかもしれませんが、今のところAさんの息子に結婚の予定はないそうです。2年ごとの契約を何度か更新するうちには、丸太さんの奥さんも年金をもらえる年齢に達します。さらには2人いる息子たちも経済的に安定し、助けてもらえるようになるのではと期待しています。

 

 

矢田 倫基

烏丸リアルマネジメント株式会社

代表取締役

 

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烏丸リアルマネジメント株式会社 代表取締役

1974年生まれ。大阪府出身。
大学を卒業後、大手ゼネコンで技術者として従事。その後、不動産コンサルティング会社に転向し、実績が認められ代表取締役に就任。そこでの経験を生かし、日本で初となる法律業務も扱う任意売却専門会社「烏丸リアルマネジメント」を設立し、現在に至る。金融機関や士業者からの信頼も厚く、任意売却の専門家として各地で講師も務める。多くのローン困窮者を救ってきた面談は「心のカウンセリング」と呼ばれ、関西圏だけでなく全国からも相談者が後を絶たない。
任意売却コンサルタント、宅地建物取引士、日本アドラー心理学会会員。

著者紹介

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