中小企業・小規模事業者には厳しい経営環境が続いており、赤字経営に陥った企業の再生は急務となっています。しかし、財務を立て直したにも関わらず、その後再び倒産危機に陥ってしまう会社も少なくありません。本記事では、従来の「論理的思考」だけでは成しえない、事業再生の方法を探ります。

経営が行き詰まると、まず「固定費の削減」を行うが…

キャッシュフローを増大させるためには、売上を上げるか固定費を削減するか、あるいは在庫を減らすしかありません。単純に考えれば、最も頭を使わなくて済む手法が固定費の削減です。相見積もりを取って金額と品質の双方を勘案し、最も合理的な価格を提示した業者に発注することが王道になります。

 

備品や消耗品などはこうした方法で簡単に削減が可能ですから、勘定科目ごとに細かく「勘定分析」を実施し、収益に貢献していない費目をバッサバッサと切り詰めます。

 

公認会計士や税理士は自分の専門分野であるためか、とても細かく「勘定分析」を行います。「そこまで時間をかけなくても……」というほど固定費削減に時間をかけます。

 

固定費削減は最も効果が高く、すぐにキャッシュフローに対するプラスの効果を生じます。当たり前です。キャッシュの出を止めるわけですから。固定費の削減はとても簡単な方法で大して頭も使いません。

 

しかし公認会計士や税理士は仕事をした気になります。なぜなら自分の専門分野だからです。

金額換算できない「従業員のモチベーション」

しかしながら、中にはそう簡単に削減できない費目もあります。サプライチェーンの中で重要なプロセスを担っている業者への外注費や自社の人件費などです。

 

特に自社の人件費を削減の対象とする場合には、「ロジック─カネ」の世界の話だけでは終わりません。その結果は従業員のモチベーションに必ず影響を与えます。

 

給与削減は人件費という損益計算書上の支出を確実に下げて利益を押し上げますから、金融機関にとても喜ばれます。金融機関の担当者としては融資先のキャッシュフローが好転し、返済可能原資が確保できたわけですから、とても望ましい話なわけです。

 

ところが従業員のモチベーションは金額換算できません。その影響を金額的に測定できないので損益計算書で表現することもできません。目に見えないため、議論の対象に上がってきづらいということです。

 

以前、私が担当した案件に、地方で温泉旅館を複数経営する会社がありました。グループ全体で20名程度いた役員には、普段会社にも出てこないという人が何人かいました。

 

中には、あちらの世界(あちらの世界とは直観の世界ではありません)の方もいて、辞めてもらうのにどうしようかと頭を悩ませていたのです。すぐに役員会を招集してもらい不要な役員の退任と、残りの役員の減俸を決議してもらい、その後の株主総会でも決議に至りました。

 

その後、退任した役員(あちらの世界の方)から私に「話がある」と連絡があり、実際に会って成り行きを説明することになりました。さすがにビビリながら説明したのですが、最終的に「お前の言うことは全く筋が通っている」と、納得してもらえました。

 

あちらの世界の方でしたが、非常にロジカルな思考の持ち主で拍子抜けした覚えがあります。

再生のポイントが固定費削減なのは明らかだったが・・・

私たちはロジックとセンスの2つの世界の住人だと言いましたが、ビジネスの世界ではロジックが優先されます。

 

損益計算書を見た金融機関の担当者が「人件費率が高いから不要な人員の整理をすべきでは?」と提案する場面は再生の現場で何度も目にしています。

 

かつてJALが経営危機に陥った時、私たち外野からは連日報道される内容を聞くだけで、明らかに固定費がかかり過ぎて赤字に落ち込んだのだなと予想できました。不採算路線が多数あることやパイロットの給与が高いこと、昔の高い予定利率で支給を決めているため将来負担するべき年金の額が膨大になることなど、既得権益に保護された固定費の総額が尋常な額ではないことが分かりました。

 

そのため、JAL再生のポイントは極めてシンプルだと考えられました。固定費を削減すればよいのです。ロジックだけで説明でき実行可能な固定費の削減は簡単です。

大きな壁として立ち塞がった「年金の減額」

しかしJALの場合、非常に難しかったのは従業員の給与カットや退職後の年金のカット、既に退職したOBの年金カットまで踏み込んで行う必要があったことです。

 

それはロジック(カネ)の世界だけの話ではなく、従業員のモチベーションへの影響もありますし、退職してJALが破綻しても確定給付型年金は保護されるOBの合意も取り付ける必要があったからです。

 

年金は労働債権ですから法的整理を実施したとしても裁判所に優先債権として保護される、つまり年金の減額はできない建前になっていたからです。

 

この点は、JAL再生にかかわった政府の関係者や再生タスクフォースのチームのメンバーは非常に大変だったと思います。気持ちの面まで考慮に入れなければ進まない固定費削減であり、センスの世界をも考慮した見事な再生実務でした。

 

「目に見える世界」と「目に見えない世界」のインタラクティブな関係が本当に大事だという再生事例です。稲盛和夫氏という経済界の重鎮が登場した理由が分かります。

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    本記事は、2017年5月26日刊行の書籍『「事業再生」の嘘と真実 』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    「事業再生」の嘘と真実

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    弓削 一幸

    幻冬舎メディアコンサルティング

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