本記事では、富裕層・資産家を食いものにする「富裕層ビジネス」の恐ろしいやり口を取り上げます。

金融機関が富裕層にすすめていた「仕組債」の例

たとえば、リーマンショック前、銀行が資産10億円を超えるような中小企業オーナーや地主系の資産家に盛んにすすめていたのが、デリバティブを活用した「仕組債」という商品です。いまも国内外の証券会社やプライベートバンクと呼ばれる金融機関が積極的に販売しています。

 

特に1週間程度の短期のデリバティブ商品は、次々に乗り換えていくことで年間100%以上の利益が期待できるなどのセールストークで売られています。

 

しかし、内容が複雑で理解しにくい上、表面上の説明とは異なり、発行元の利ザヤは元本の30〜40%に達することもあります。さらに、それを販売する銀行などへは紹介料として販売価格の5〜10%が支払われるのが一般的です。

販売会社に高額な手数料が支払われる「仕組債」

この「仕組債」には、富裕層ビジネスに対する金融機関の典型的な姿勢が表われていると思います。

 

仕組債はデリバティブ商品と債券を組み合わせてつくります。デリバティブとは「派生した」という意味の英語であり、株式や債券、為替といった既存の金融商品から派生してできた取引のことをいいます。

 

デリバティブ商品としては、先物取引、スワップ取引、オプション取引があり、いずれも将来のある時点で特定の金融商品を売買する予約を行い、決済時点では損益のみを清算するというものです。

 

[図表]仕組債とは

 

一方、債券とは国債や社債のことです。普通、国債にしろ社債にしろ、債券に投資するのは金利を得るのが目的です。

 

しかし、仕組債の場合、債券部分の元本は利子を得るためのものではなく、デリバティブ取引で投資家が損失を被った場合の担保の役割を果たしています。また、デリバティブ取引にともなって投資家が受け取るクーポンと呼ばれる利益も、特にオプション系の仕組債ではリスクを引き受ける対価(オプション料)に相当します。

 

さらに、仕組債はよくオーダーメイドで投資家のニーズに応じて組成できるのがメリットといわれます。しかし、逆にいうと組成にかかるコストが表からは分かりにくく、その分、販売側にとっては大きな収益を得ることが可能です。販売会社に対してまとまった販売手数料が支払われるのもそのためです。

一番の問題は、複雑すぎてリスクが理解できないところ

投資家にとってのメリットは通常の債券では得られない大きなリターンだとされますが、それは高いリスクの裏返しです。オプション料として一定の収益を先取りできますが、その代わりとんでもない含み損が発生する可能性にずっとさらされているのです。

 

いちばんの問題は、資産家や富裕層といった一般投資家にとって、仕組債は複雑すぎて何がリスクなのか理解できないことです。メリットばかり説明され、「よく分からないけど銀行がすすめるのだからまあいいか」と契約したところ、とんでもない損失が出て会社が倒産してしまったという例がいくつもあります。

 

実際、2010年10月に金融ADR(裁判外紛争解決制度)が発足すると、為替デリバティブを組み込んだ仕組債に関する紛争案件が大量に持ち込まれ、為替デリバティブによる被害が顕在化しました。

おそろしい取引…「プットの売り」の正体

なぜ、為替デリバティブを組み込んだ仕組債で被害が多発したのか。それは、ほぼすべてのケースで、資産家や富裕層の一般投資家がオプションにおいて「プットの売り」を行っていたからです。

 

オプションとは選択権のことで、為替デリバティブでは、ある一定期間内に一定量の外国通貨を一定の価格で買う(売る)か、あるいは買わない(売らない)かを選択する権利のことです。そして、「買い」の権利を「コール」、「売り」の権利を「プット」と呼びます。

 

為替デリバティブのオプション取引では、「プット(売り)」の権利を売り買いすることが多く、「プット」の権利を買うほうが権利料(オプション料)を支払い、「プット」の権利を売るほうが権利料をもらいます。

 

仕組債や仕組み預金ではこの「プットの売り」による収入が「金利」として顧客に支払われるだけであり、一般的には「オプションプレミアム」と呼ばれています。

 

「プット」の権利を買ったほうは一定の価格で外国通貨を相手に売ることができ、「プット」の権利を売ったほうは一定の価格で外国通貨を買わなければなりません。そして、期限がきたらその時点での実際の為替相場をもとに清算します。

 

そのとき、「プット」の権利を買ったほうは相場が自分に不利に動けば、権利を行使しなければいいだけです。損失は最初に払った権利料だけで済みます。もし、相場が自分に有利に動けば、権利を行使することで最初に支払った権利料をはるかに上回る利益を得ることができます。

 

それに対し、「プット」の権利を売ったほうは、相場が自分に有利に動いても利益の上限は受け取った権利料に限定されます。逆に、もし相場が自分に不利に動けば、損失はどんどん膨らみます。リーマンショックのときなど、それこそ青天井の損失です。

 

つまり、「プット」の売りは基本的に、「利益限定」で「損失無限大」という、とんでもない取引なのです。

最高裁判所も「極めてリスクの高い取引の一つ」と発言

これについて2005年7月、金融機関とその取引先であった中小企業経営者との間の、ある為替デリバティブをめぐる裁判で、最高裁判所の裁判官が次のような補足意見を出しています。

 

「オプション取引は、抽象的な権利の売買であって、その仕組みを理解することは容易ではなく、特にオプションの売り取引は、利益がオプション価格の範囲に限定される一方、損失が無限大、またはそれに近いものとなる危険性をはらむものであり、各種の証券取引の中でも極めてリスクの高い取引の一つであるということができる。

 

証券会社が顧客に対してこのようなオプションの売り取引を勧誘してこれを継続させるに当たっては、格別の配慮を要することは当然である。証券会社に求められる適合性の原則の要求水準も相当に高いものと解さなければならない」

 

この最高裁判決と補足意見は、その後成立した金融商品取引法の法案検討の過程において、大きな影響を与えたといわれています。

 

なお、日経平均リンク債なども同様の仕組みで組成されています。為替にせよ、日経平均にせよ、投資対象が上昇することで高いリターンを得られるのであれば、わざわざ「仕組債」に投資することはありません。

 

前述のとおり、仕組債は「利益限定損失無限大」、一方でドルや株を普通に買えば「利益も損失も無限大」です。ごく普通に「ドルを買ったり」「日経平均を買ったり」したほうが、リスクリターンは見合いますし、手数料も安く済ませることができます。

 

[図表]プットの「売り」の損益構造

 

本連載は、2016年5月25日刊行の書籍『資産防衛の新常識』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

資産防衛の新常識

資産防衛の新常識

江幡 吉昭

幻冬舎メディアコンサルティング

相続税の増税、マイナンバー制度や出国税の導入など、資産家を取り巻く状況が年々厳しさを増していくなか、銀行や証券会社が販売手数料を目当てに、「資産防衛のサポート」と称して富裕層に群がっている現状…。資産家が金融営…

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