前回は、経営資源が制約される「後継者」が克服すべき課題について取り上げました。今回は、新旧両世代による「経営資源のマネジメント」の重要性について見ていきます。

経営者にとって最も扱いが難しい「人的経営資源」

前回と前々回の連載の通り、経営資源とは、ヒト(従業員)、モノ(設備・原材料)、カネ(資金)、情報(技術・ブランド)を示します。この経営資源の中で、経営者にとって最も扱いが難しいのが、ヒト(人的経営資源)です。その理由は、ヒトが感情をもつ資源であり、個体で思考・行動するのではなく、人間関係を伴って思考・行動する資源であるからです。企業の派閥のようなものを想像すると、人的経営資源の特性を理解しやすいかもしれません。

 

現経営者から後継者への承継プロセスにおいても、人的経営資源のマネジメントが重要な課題となります。例えば、現経営者世代の経営幹部や技術者と後継者とどのような関係を築いていくのか、また、現経営者は後継者をサポートする次世代経営幹部とどのような関係を築いていくのかなどの課題です。

後継者独自に獲得した経営資源には強みもあるが・・・

第二回目の連載で、二代目以降の経営者は、外部に目が向きやすいという内容を紹介しました。

 

二代目以降の経営者(後継者)が、特に承継プロセスの初期において、先代経営者世代の経営幹部や従業員と十分な信頼関係が築けていないことがその理由として考えられます。そのため、後継者は組織外部において自分で築き上げた利害関係者(ビジネス上の人脈など)との関係に依存する傾向があるのです。外部の業界団体や地域団体(ロータリークラブなど)の青年会の仲間(同じ後継者仲間)との関係も含まれるでしょう。

 

それだけではありません。現経営者からの権限委譲がなされると、後継者自らが従業員を選抜・採用するようになります。この後継者によって選抜・採用された従業員は、基本的に先代経営者ではなく後継者の意見を汲んで思考や行動を行う傾向があります。

 

このように、後継者にとって、独自に獲得した経営資源は先代経営者世代に配慮する必要がなく、自由に動員しやすい性質があります。前回の連載で、ファミリービジネスの後継者にとって経営資源の制約は、後継者の主体的な行動を促す点について言及しました。後継者は、自分で自由に動員できる経営資源を拡大することで、自分自身の描く方向に経営を行いやすくなるといえるでしょう。

 

[図表]承継プロセスにおける新旧両世代間の人的資源の変化

出所:筆者作成
出所:筆者作成

事業承継における現経営者の役割とは?

先述の通り、承継プロセスが進展することに伴い、現経営者から後継者への権限委譲の程度は大きくなります。その結果、後継者独自の獲得資源が増え、先代経営者世代の経営幹部や従業員の影響力が減ってくることを意味します。これは、次世代による主体的な思考や行動の幅が広がり、組織においてイノベーションがおこりやすいという積極的な意味があります。

 

他方、後継者独自の獲得資源の拡大は、消極的な意味も生み出します。第一に、先代経営者世代による後継者に対する経験の伝承がしにくくなることです。

 

第二に、後継者に忖度する経営幹部や従業員が増えてしまい、後継者の経営上の暴走を招いてしまう可能性を高めてしまうことです。このことは、先代経営者世代による後継者への経営上の牽制や規律づけが弱まっていることが原因の一つとして考えられます(後日、ガバナンスの回で詳説)。

 

事業承継における現経営者の役割は、後継者による先代世代への資源依存と後継者独自の獲得資源を上手にマネジメントすることであるといっても過言ではありません。新旧世代間の経営資源のマネジメントが、次世代経営者への適切なガバナンスを担保しながら次世代経営者による主体的な思考や行動を促すことに繋がるといえるでしょう。

 

このように、新旧両世代における経営資源のマネジメントの視点から考えるだけでも、複雑なファミリービジネスの事業承継について多くの示唆を得ることができるのです。

 

次回は、企業家研究における第二の主要論点である後継者の事業機会認識の観点から、ファミリービジネスの事業承継を考えていくことにしましょう。

 

<参考文献>

落合康裕(2014)『ファミリービジネスの事業継承研究-長寿企業の事業継承と継承者の行動-』神戸大学大学院経営学研究科博士論文.

落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.
 

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    本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

    事業承継のジレンマ

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