前回は、企業家研究の観点からファミリービジネスの後継者を企業家として捉える考え方をお話しました。今回は、先代から引き継いだ経営資源が後継者に与える影響について見ていきます。

独自に経営資源を調達する「ベンチャー企業家」

これまでの企業家研究によると、ベンチャー企業家を中心に研究がなされてきました。具体的には、ベンチャー企業家がゼロから事業を立ち上げて、軌道に乗せるために必要な要件とプロセスが議論されてきました。

 

論者によって多少定義が異なりますが、概ねベンチャー企業家の活動の要件とプロセスとは、「事業機会の認識」「事業ドメインの設定」「必要経営資源の調達」「事業の管理」と定義することができます。つまり、ベンチャー企業家の活動とは、経営環境において自らチャンスを見出し、自分の事業構想を練って、必要な経営資源を調達し動員を図ることであると考えられるのです。

「経営資源への依存」が思考や行動の幅を狭めることに

他方、ファミリービジネスの後継者は、ゼロから事業を立ち上げるベンチャー企業家とおかれる環境が異なります。

 

ファミリービジネスの後継者は、事業承継プロセスで自ら経営資源を調達せずとも、先代世代の保有する経営資源(ヒト、モノ、カネ、情報)に依存することができます。その意味では、ファミリービジネスの後継者は、自ら必要な経営資源を調達せねばならないベンチャー企業家と比較して、大きなアドバンテージがあるといえるでしょう。

 

ファミリービジネスの後継者は、先代経営者に経営資源を依存できるというメリットがある一方で、そのデメリットも存在します。それは、先代経営者に経営資源を依存するが故に、後継者が先代経営者の意向に配慮せねばならなくなる可能性が高まってしまうことです。

 

例えば、後継者による新規事業の展開に伴う資金的経営資源の支援などです。後継者は新規事業資金を先代経営者から支援してもらう代わりに、先代経営者の意向を多少なりとも忖度する必要が出てきます。このことは、先代経営者の協力を得られる一方で、後継者の独自の主体的な思考や行動の幅を狭めてしまう可能性も秘めています。

 

他方、ベンチャー企業家の場合は、独自に経営資源を調達する必要があるので、調達された経営資源の動員にあたっては誰に対する配慮も必要ないことがあげられます。

 

[図表]ベンチャー企業家とファミリービジネス後継者の経営資源調達

出所:筆者作成
出所:筆者作成

後継者による独自の取引先開拓が企業家活動の発露に

筆者のこれまでの老舗ファミリー企業への研究によると、特に事業承継プロセスの初期において、後継者は無条件に経営資源を利用できる状況におかれていないことが示されています。

 

つまり、後継者は多くの経営資源が集積している本社に配置されるのではなく、新規事業や海外現地法人などの十分な経営資源が用意されていない環境(動員できる経営資源が制約された環境)に配置されていました。そのため、後継者は不足する経営資源を独自に外部の利害関係者から調達せねばならない仕事(新規の供給業者や顧客の開拓など)を任されていたことになります。

 

外部の利害関係者との取引関係は、必要な経営資源を調達することだけに留まりません。後継者が、ファミリービジネス内部にはない思考や発想を獲得することができます。その意味で後継者と外部の利害関係者との相互作用は、ファミリービジネスにおける革新の発露となるといえるかもしれません。

 

このように、事業承継プロセスの初期における後継者の行動については、後継者の先代経営者への経営資源の依存関係の視点から分析することで様々な知見を得られるといえるでしょう。

 

 

<参考文献>

Hisrich, R. D. and Peters, M. P. (1989)Entrepreneurship: Starting, Developing and Managing a New Enterprise, Irwin Professional Publishing.

金井一頼・角田隆太郎編(2002)『ベンチャー企業経営論』有斐閣.

落合康裕(2014)「ファミリービジネスの事業継承と継承者の能動的行動」『組織科学』第47巻 第3号. 40-51頁.

落合康裕(2014)『ファミリービジネスの事業継承研究-長寿企業の事業継承と継承者の行動-』神戸大学大学院経営学研究科博士論文.

落合康裕(2016)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.

Wickham, P. A. (1998) Strategic Entrepreneurship, Pitman Pub.

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