今回は、EU「経済通貨同盟」の現状を見ていきます。※本連載は、東洋大学経済学部国際経済学科教授・川野祐司氏の著書、『ヨーロッパ経済とユーロ』(文眞堂)から内容を一部抜粋し、EUの経済にまつわる取り組みからヨーロッパ各国の金融政策デザイン、マイナス金利政策などについて解説します。

加盟国の経済政策にも広く関与し始めているEU

一般に、経済通貨同盟は通貨は統一したものの財政はバラバラで不完全との評価を受けている。確かに、徴税権や細かな支出項目を決める権利は加盟国にあり、EUレベルで統一されているわけではない。しかし、ここまで見てきたように加盟国には多くの制限がかけられており、EUは加盟国に対して財政赤字の量的な削減だけでなく幅広い経済政策にも関与し始めている。現在のEUに対して、財政がバラバラという単純な評価を当てはめるのは正しくない。

 

しかし、現在の経済通貨同盟が完全なものではないことも明らかであり、EUは経済通貨同盟のさらなる深化を目指している。2015年には、ユンケル欧州委員会委員長が、トゥスク欧州理事会常任議長、ダイセルブルーンユーログループ議長、ドラギ欧州中央銀行総裁、シュルツ欧州議会議長とともにより完全な経済通貨同盟への道筋を示した報告書を作成した。英語ではこれらの職は全て「President」であるため、この報告書は「Five Presidents’ Report」とも呼ばれている※1

 

※1 Jean-Claude Junker (2015), Completing Europe's Economic and Monetary Union. より詳しい情報は、European Commission (2015), On steps towards Completing Economic and Monetary Union, COM (2015) 600 final.

 

報告書では、より完全な経済通貨同盟は経済同盟、金融同盟(Financial Union)、財政同盟(Fiscal Union)から構築され、最終的には政治同盟(Political Union)まで進めることを提唱している。通貨同盟は経済同盟に取り込まれることとなり、ユーロ参加国はより統合された一つの経済圏を構築するために改革を進めていくことになる。より完全な経済通貨同盟は2025年までに完成されることになっている。

 

第1段階は2015年7月から2017年6月末までであり、欧州委員会はより完全な経済通貨同盟の構築に必要な改革や法整備をまとめた白書を公表することになっている。2017年から2024年までの第2段階は、これらの政策の実施期間であり、経済ガバナンスの多くは法的拘束力を持つようになる。2025年以降はより完全な経済通貨同盟が完成する第3段階となる。

「経済同盟」「金融同盟」「財政同盟」の中身とは?

ここでは、経済同盟、金融同盟、財政同盟について見ていくことにする。

 

●経済同盟

 

経済同盟では、現行の経済ガバナンスの整理・統合とユーロ地域経済のさらなる統合を図る。経済ガバナンスでは協定、施策、条約、手続きなどが乱立し、それらは互いに重複する部分があるものや従来のものから一部だけ改変されているものもある。ここでは2010年代に創られた様々な経済ガバナンスの政策のうち、ユーロプラス協定などいくつかは省略しているが、それでも非常に複雑な仕組みだとの印象を持たれるのではないだろうか。これらの整理・統合の一つとして欧州セメスターの修正がすでに実施されている。

 

その他には、ユーロ各国での競争力当局(Competitiveness Authorities/Boards)の創設、マクロ経済不均衡手続き(MIP)の強化、雇用と社会政策の取り組み強化、経済政策協調の強化に取り組む。特に、MIPでは経済指標を監視して勧告を出すだけでなく、構造改革への取り組みに強制力を持たせるようにする。

 

経済同盟では単に経済成長を追求するだけでなく、フレクシキュリティが確保された労働市場を創設し社会保障制度を改革する。

 

●金融同盟

 

金融同盟では、銀行同盟(BankingUnion)の完成と資本市場同盟(Capital Markets Union)の開始、欧州システミックリスク委員会(European Systemic Risk Board:ESRB)の機能強化を図る。

 

銀行同盟では、銀行の経営の安全性を高めるために自己資本の積み増しを求め、リスクの高い経営をしていないかどうか監視する。銀行が破綻する前に対策を打てるようにし、銀行破綻時に税金をできるだけ投入しない仕組みを構築する。銀行破綻の影響から預金者を保護する必要があり、統一的な預金保険制度を導入する。これらの取り組みの多くはすでに始まっている。銀行同盟の詳細については著書、『ヨーロッパ経済とユーロ』の第14章を参照のこと。

 

資本市場同盟は、社債や株式の形で企業が資金を調達しやすくなるように、そして投資家が資金を提供しやすくなるように、加盟国ごとに異なるルールの調和や改善を図る。大陸ヨーロッパでは、銀行を中心とした金融の仕組みが整っており、特に中小企業は銀行から資金を調達している。しかし、近年は銀行同盟やバーゼルⅢ※2などによる銀行規制や南欧を中心とした経済状況の悪化を背景に銀行が貸出を増やせる状況ではなく、企業の資金調達のルートとして資本市場の役割を高める必要性に迫られている。

 

※2 BIS(国際決済銀行)が中心となって決めた銀行経営に関する規制。バーゼルⅠとⅡに比べると自己資本をより多く積み立てるだけでなく、経営が悪化した時に直ぐに利用できる形で資金を保有することが求められる。バーゼルⅡに比べて基準が厳しいため、2013 年より段階的に導入されており2019 年から完全実施となる予定である(書籍『ヨーロッパ経済とユーロ』第14章、Box16)。

 

欧州システミックリスク委員会(ESRB)は2010年に設立され、EUの金融システムの監督を行うプルーデンス政策に携わっている。金融機関はできるだけ多くの収益を上げようとして様々な活動を行うが、それらの活動の中には経済に悪影響を与えるものや経営破綻のリスクを高めるものもある。例えば、住宅ローンの貸出は適切に行われている限りは問題ないが、貸出競争が生じて返済の見込みがない人にも貸し出すようになると、住宅バブルが経済に悪影響を与えたり、銀行が不良債権を抱えて経営破綻するリスクを高めたりする。このような活動を未然に防ぐことがプルーデンス政策である。

 

プルーデンス政策は、EUレベルにおいても銀行(欧州銀行庁EBA、ユーロ地域の大銀行はECB)、保険や年金(欧州保険・職域年金庁EIOPA)、証券(欧州証券・市場庁ESMA)というように対象となる金融機関ごとに異なる当局機関が担当しているだけでなく、加盟国内でも複数の当局機関が担当していることが多い。

 

EUレベルでの統一的なプルーデンス政策の必要性は高まっており、ESRBの機能強化はその第一歩となる。ESRBは、銀行がきちんと自己資本を積み立てているか、住宅や商業用不動産市場に過剰な融資を行っていないか、加盟国は銀行に対して適切な監督を行っているか、などを調査するだけでなく※3、ECBやEBAなどと協力して経済が悪化した時に銀行の経営にどの程度ダメージがあるのかシミュレーションを行っている。これをストレステストという。


※3 ESRB (2016), A Review of Macroprudential Policy in the EU in 2015.

 

●財政同盟

 

財政同盟では、2016年に新しく欧州財政委員会(European Fiscal Board)が設立され、ユーロ地域の財政政策についての助言を行う。これまで安定成長協定では単年度財政赤字や累積政府債務という赤字部分を問題にしてきた。欧州財政委員会はそれからもう一歩踏み込んで、政府支出の規模やスタンスにも言及する。失業給付を削減して教育訓練に充当すべき、などの助言を行うようになるだろう。

本連載は、2016年11月1日刊行の書籍『ヨーロッパ経済とユーロ』から抜粋したものです。その後の社会情勢等、最新の内容には対応していない場合もございますので、あらかじめご了承ください。

ヨーロッパ経済とユーロ

ヨーロッパ経済とユーロ

川野 祐司

文眞堂

インダストリー4.0,イギリスのEU離脱問題,移民・難民問題,租税回避,北欧の住宅バブル,ラウンディング,マイナス金利政策,銀行同盟,欧州2020…ヨーロッパの経済問題を丁寧に解説。

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