前回は、後継者の能動的行動を促す「従業員との関係」について取り上げました。今回は、「重要な取引先」を円滑に引き継ぐ方法を考えていきます。

事業承継を契機に顧客との関係が薄くなるケースも

一般的に、事業承継とは組織内部の問題と考えられる傾向があります。他方、事業承継のプロセスでは組織外部の利害関係者との関係も考慮しておかねばなりません。外部の利害関係者は、事業承継という経営体制の移行にとても注目しています。

 

特に、重要な取引先(顧客や仕入先など)との関係をどのように後継者へと継承していくかは、自社にとって経営上の重要な課題となります。取引先との関係の継承が上手く行われないと、売上高や利益、製品サービスの品質などに悪い影響が生じてしまいます。 

 

まず最初に、顧客との関係から考えてみましょう。

 

通常、取引が長くなればなるほど、または大口になればなるほど、顧客は事業承継のタイミングに敏感になるものです。例えば、製品サービスの品質や機能において変化が生じないかをよく観察しています。筆者の事例研究においても、事業承継のタイミングを契機にして従前の大口顧客との関係が薄くなってしまったというケースもありました。

 

後継者世代は、事業承継後も従来通りの製品サービスの品質が維持されることを顧客に訴求して納得してもらうよう努める必要があります。

 

次に、仕入先の場合について考えてみましょう。

 

特に売り手の交渉力がある業界の場合、後継者への事業承継のタイミングで自社が求める品質の原材料を調達することが困難になる場合もあります。また、事業承継のタイミングで、先代経営者と仕入先との間での詳細な取引慣行の引継ぎが失念されてしまう可能性もあるので注意が必要です。

 

外部の取引先との事業承継が円滑に行われないことによって、自社は事業機会を失ってしまうことにも繋がりかねないのです。

 

[図表]社外の事業承継

出所:落合(2016b)の図4(p.4)より引用
出所:落合(2016b)の図4(p.4)より引用

取引先との接触頻度を増やし、時間をかけて引き継ぐ

それでは、取引先との関係を円滑に継続させるためには、どのような事業承継のプロセスを踏むべきなのでしょうか。

 

その解決策に一つに、関係の引継ぎに十分な時間を確保することがあげられます。具体的には、重要な取引先との商談や宴席にあたって、先代経営者は必ず後継者を同席させるという方法があります。言い換えれば、先代経営者の目が黒いうちに取引先に対して後継者の顔を繋ぎ、次はこの後継者が経営者になるというメッセージを暗に取引先に示すことです。

 

接点を作るだけではありません。先代経営者の存在のもとで、後継者と取引先との相互の接触頻度を増やしておく必要もあります。例えば、重要な商談や宴席の後の細かな連絡については、先代経営者や先代経営幹部が行うのではなく、敢えて後継者に行わせるようにすることです。このようにすれば、重要な取引先は取引詳細について後継者に相談するようになってくるはずです。

 

このような引継ぎ方法は、短期間で行うのではなく、後継者が入社した頃から徐々に開始し、長期的に行うことが重要となります。これによって、後継者は取引先との事業承継を上手に乗り切ることができる可能性が高まります。後継者は、取引先より早い段階から将来の経営者として接してもらえることで、独自の能動的な行動を行いやすくなるでしょう。

後継者に「真剣に経営に取り組ませる」効果も

事業承継に伴う取引先との関係の継続は、承継後も後継者が取引関係を維持・促進できる効果があるだけではありません。顧客や仕入先からのガバナンス(後継者に対する経営上の規律づけや牽制)の効果も存在します。

 

上述の通り、例えば、外部の取引先は後継者への事業承継のタイミングで製品サービスの品質や機能において変化が生じないか敏感に観察しています。事業承継を通じて、製品サービスの品質や機能等に影響が出る場合には、取引の停止等の措置がなされる場合もあります。これが、先代経営者が蓄積してきた取引先に対する信頼を毀損しないよう、後継者に真剣に経営に取り組ませる効果があるといえるのです。

 

<参考文献>

落合康裕(2016a)『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』白桃書房.

落合康裕(2016b)「中小企業の事業承継と企業変革:老舗企業の承継事例から学ぶ」中部産業連盟機関誌『プログレス 2016年11月号』, pp. 9-14.

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    本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

    事業承継のジレンマ

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    落合 康裕

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