前回までは、ファミリービジネスを支える番頭の役割について取り上げました。今回は、ファミリービジネスの後継者の地位について考えていきます。

獲得的地位との違いを知る

ファミリービジネスにおける現経営者の子息の地位については、文化人類学者のリントンの概念に基づいて考えると理解がしやすくなります。リントンは、生得的地位と獲得的地位という概念を提出しています。本連載ではその内の生得的な地位について考えていくことにしましょう。

 

リントンによると、生得的な地位とは、生まれながらにして保有する地位のことを示します。例えば、徳川将軍家の事例がこの地位の意味を理解することに役立ちます。標準的な日本史の教科書によると、三代将軍家光は「余は生まれながらにしての将軍である」と述べたことが記載されています。この意味は、初代将軍徳川家康の直系長子に生まれた孫の家光は、自分の実績や能力如何を問わず将来の将軍の地位が約束されていることを暗に示したかったのだと考えられます。

 

このような長子相続制度は、世界の各地で多く見受けられる制度です。例えば、中国の皇帝家、西欧の王室、日本の天皇家等があげられます。特に、日本の場合、政治の世界だけではなく歌舞伎や浄瑠璃のような伝統芸能の世界、茶道や華道などの芸事の世界においても見受けられます。それだけではありません。創業100年以上の老舗企業など企業経営の世界においても存在する制度なのです。

 

筆者の事例研究によると、老舗企業の中には歌舞伎(例えば市川団十郎)等と同様に、苗字だけだけではなく名前まで世代から世代へと踏襲している企業も存在しています。

組織の人間に、無条件には受け入れられないことも

この生得的な地位は、どのような意味を生み出すのでしょうか。老舗企業の事例を用いて、考えていくことにしましょう。

 

世代から世代へと経営者として地位が承継されていくことは、後継者にとって二つの意味を生み出すと考えられます。後継者の自律的な要素と制約的な要素です。

 

第一に、自律的な要素とは、後継者が生まれながらにして将来の経営者としての地位が約束されていることを示します。一般的な非ファミリー企業の場合、従業員は長期的な競争トーナメントを勝ち抜いて経営者の地位に上っていきます。当然、経営者に昇格する人材は、能力も然ることながら社内の人間関係も上手に処理していく力が求められます。

 

他方、ファミリービジネスの後継者の場合、いわば将来の縦のキャリアが保証されていることから、極端な話、上司や同僚に配慮する必要はありません。その意味では、組織の中で思いきった行動がとりやすく非連続的なイノベーションをおこしやすいという積極的な意味が見出されます。

 

しかし、生得的な地位とは制約的な要素も生み出します。ファミリービジネスの後継者は、特に入社当初自分の実績がないために、先代世代の経営幹部や従業員から認めてもらえないということがよくあります。

 

筆者の老舗ファミリー企業への調査においてもこのことは示されています。例えば、某食品製造販売業の事例によると、後継者が先代世代の従業員に対して社内の制度改定の指示を出しても、配下従業員において一向に指示が実行に移されないということがありました。また、別の局面では、後継者の業務の改善提案に対して、先代経営幹部からその提案に対して再考を促されるということがありました。

 

事例からは、生まれながらにして将来の承継が約束されている後継者といえども、無条件に組織の経営幹部や従業員に受入れられない状況があることが示されています。

 

このように、生得的な地位について考察することで、ファミリービジネスの後継者がおかれる状況をより深く理解することに繋がります。事業承継のプロセスにおいて、後継者の状況をより深く理解することは、後継者の育成において重要な視点を提供してくれることに繋がります。

 

【図表】後継者の生得的地位がもつ二つの要素

出所:落合(2016)の図表8-6(181頁)を参照の上、筆者作成。
出所:落合(2016)の図表8-6(181頁)を参照の上、筆者作成。

 

 

<参考文献>

「学術からの発信 経営学とファミリービジネス研究」『学術の動向』第13巻第1号, 68-70頁(加護野忠男、2008年)

『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)

Linton, R.(1936)The Study of Man, APPLETON-CENTURY-CROFTS, INC.

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    本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

    事業承継のジレンマ

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