前回に引き続き、後遺障害を負った交通事故被害者が、損害賠償を求めた訴訟の例を紹介します。今回は、「自賠責の認定基準」そのものに対する問題提起を見ていきましょう。

医学の「常識」とズレがある認定基準

前回に引き続き、後遺障害を負った交通事故被害者が、損害賠償を求めた訴訟の例を紹介する。自賠責と紛争処理機構の判断を受け、我々はそれを不服として裁判に訴えることになった。

 

こちらの主張の要点としては、まず加重規定(自賠責施行令2条2項)の現在の不当な解釈である。既存障害を持つ人が既存障害と医学的に無関係な障害を交通事故によって負わされたにもかかわらず、その点を後遺障害として評価しないことが問題なのだ。

 

被害者の既存障害は胸椎の圧迫骨折による脊髄損傷による下半身の麻痺である。それに対して今回の事故の障害は頚椎由来のものであると医師の診断を得ている。通常、胸髄以下の神経損傷は下半身に、頚椎の神経損傷は上半身にも現れる。

 

このことは医学においては当たり前の認識になっている。これを神経系統というくくりで同一系列、同一部位とするのは無理がある。それゆえ、今回の被害者の後遺症は別部位からのものであり、相応の賠償がなされるべきであるというのが我々の主張だった。

 

また今回の裁判で我々は後遺障害等級認定基準そのものに対して言及した。従来の認定基準では自賠責施行令2条2項の「加重規定」によって神経系統を広く同一部位としている。

 

しかし、このような基準では既存障害として中枢神経障害を有する者は、既存障害の原因と無関係な神経系統の障害を負ったとしても、それが賠償として一切評価されないこととなる。障害者の社会参加が当然となった現代において、現在の基準そのものが障害者の権利を不当に制限するものだと考える。

 

したがって、現行基準に依らず、本来事故によって障害者が喪失した能力、すなわち障害者に残された能力に着目して後遺障害の認定を行うべきだと主張した。

「障害者の社会参加を促進する」という流れに逆行

実は、過去にも障害者の後遺障害認定を巡っての裁判はあった。しかし、あくまでも個別の等級認定の結果と賠償の是非を争うもので、かような等級認定の基準そのものの是非に言及した裁判はなかった。つまり自賠責保険の運用そのものに異議を唱えたわけで、いわば保険制度とその主体である保険会社全体を敵に回すようなものでもある。

 

このような認定基準そのものに対する是非を問うからには、こちらとしてはさらに大きな論理的な枠組みと視点が不可欠である。それが障害者差別という視点であり、憲法14条の法の下での平等という視点だ。

 

さらに当時、障害者の権利ということに関しては、我が国は2007年、「障害者の権利に関する条約」に署名して国内法の整備を始めていた段階であった。このような流れの中で、障害者の人権を保障し、社会参加を促進するために健常者とできるだけ同じように生活できるよう扱うことが広く社会全般に求められているのである。

 

しかしながら現行の自賠責の認定基準と判断は、その理念から離れているものだと言わざるを得ない。

 

そもそも障害者は体が不自由であるというハンデを背負っている。残された能力に頼って生活する障害者にとっては、健常者と同じ障害であっても、その悪影響と不利益は健常者よりはるかに大きいのである。本来なら障害者のほうがより厚く賠償されてしかるべきではないか?

 

そう考えると、障害者ゆえに賠償請求が困難になる現行制度や基準は、より問題が大きいものだと考えられるだろう。

 

この話は次回に続く。

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    平岡 将人

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