前回は、自動車事故賠償に対する「大手損保」の問題点を説明しました。今回は、「自由診療」をめぐる交通事故被害者の窮状を見ていきます。

被害者を苦しめる「過剰診療・濃厚診療」とは?

治療費や休業損害などの打ち切りの問題はすでに述べた。実は、それ以外にも治療費に関連して被害者を苦しめる問題がある。それは、過剰診療・濃厚診療と呼ばれる問題である。

 

あなたが交通事故に遭ったならば、まずは病院へ通うことになる。その病院の医師は、とても親身になってくれて、毎月きちんとレントゲン撮影などをしてくれ、痛み止めもきちんと処方してくれる。また、いろいろな検査を丁寧にしてくれるのだ。あなたは、とても良い医者に出会えた、と喜ぶだろう。

 

しかし、ある日、医師から「保険会社が、治療費を払ってくれない」と告げられる。あなたが、驚いて保険会社の担当者へ電話をすると、こう言うのだ。

 

「その医師は通常以上の治療を行っているので、治療費は支払わない」

 

これが、過剰診療・濃厚診療と呼ばれる問題である。この問題を理解するために、背景を説明しておこう。ちなみに濃厚診療とは傷害の程度に比べ必要以上に丁寧な治療行為のことであり、過剰診療とは障害の程度に比べ医学的に必要性や合理性のない治療行為のことを指す。

 

病院の診療(検査や診察、処方薬等)には、それぞれ厚生労働省の決定した点数が付いており、たとえば国民健康保険で治療する場合には1点当たり10円とされ、それぞれの診療に応じた点数に10円を乗じたものが診療報酬の合計額として病院の収入となる(健康保険利用の場合、患者の負担はその3割である)。

 

ところが、交通事故の治療に関しては社会保険(健康保険)を使わない自由診療が基本となっている。

 

これは、健康保険が、ある傷病が第三者の加害行為による場合には、原則として加害者が治療費を支払うものであるとの立場をとっているためだ。

 

交通事故の傷害はまさに加害者によって引き起こされた傷害である。このような場合に健康保険を利用するには、「第三者行為による傷病届」という届け出を出さなくてはならず、それも健康保険利用が進まない理由の一つであろう。

 

問題は健康保険診療と自由診療で治療費が異なることだ。健康保険診療であれば1点10円であるところ、自由診療は1点20円(30円の病院も存在する)と高くなる。つまり交通事故の場合の治療費は通常病院で治療する場合より2倍、3倍と高いのである。

 

すると、どのようなことが起こるか? 病院側は利益のために点数の高い治療を優先したがるのである。中には必要以上の治療を行い、高い治療費を請求する医師や病院が存在することも想像できる。

 

すると保険会社は想像力を逞しく働かせ、やれ濃厚治療ではないか、やれ過剰治療ではないかと医師に難癖をつけてくる。

 

もう一つの大きな問題は、自由診療による治療費の高さによって自賠責上限の120万円に早々に達してしまうということだ。すると保険会社は治療費や休業損害を打ち切ろうとするのである。

治療費が打ち切られて、病院側と被害者がもめることも

この問題について、1989年、東京地裁は濃厚過剰診療に対し、過剰な部分は切り捨て、妥当な診療分については健康保険の基準(1点10円)をもとに医療費を計算するという判決を下した。いわゆる「10円判決」と呼ばれるもので、この判決を契機として交通傷害の医療費の新基準が作られたのである。

 

ところが、医療機関と保険会社との間で新基準に準拠するか、それまでの算定方法によるかで混乱が生じた。結局、1989年に新基準が作成されたにもかかわらず、現在のところ交通外傷医療費の請求はほとんど1点20円、30円という自由診療でなされている。

 

この濃厚診療、過剰診療の問題、そして自由診療と健康保険診療の問題は、はっきりいうと被害者のあずかり知らぬところで繰り広げられている。そもそも、この治療はいくらかかるのですが、やりますか、やりませんかと聞く病院はない。

 

また、治療内容は医師の裁量に委ねられ、患者はその適否を判断する能力にも欠ける。結局のところ、この問題は、病院と病院から診療報酬の請求を受けた保険会社の争いなのである。

 

このような病院と保険会社のゴタゴタのしわ寄せは、結局最も立場の弱い被害者に向けられる。実際、一方的な治療費の打ち切りによって治療費が滞納されたまま、病院側と患者である事故被害者がもめるケースが多い。

 

中には症状固定したものの、治療費が未払いであることを理由に、後遺障害認定手続きに必要な書類を書いてくれない医師もいる。そして、病院と患者がもめた挙げ句に、適切な診断書を作れず、その結果、適切な後遺障害が認められない可能性もあるのだ。

 

その一方で、健康保険を利用して1点10円で診療をすると、今度は保険会社ではなく医師のほうから、健康保険の診療では後遺障害診断書は出せないなどと診断書の作成そのものを拒否される病院もある。その結果、後遺障害申請すらできない、つまり賠償を受けるための手続きが止まってしまうということもあるのである。

 

サリュの立場としては、国策災害である交通事故の医療であれば、その性質から考えて当然1点10円の社会保険治療にするべきだと考えている。その提言はあらためて第6章で行う。

 

いずれにせよ交通事故被害者は、治りたい一心で痛みに耐え、通院し、治療を受ける。その結果、保険会社や病院、国の制度が絡み合い、何も知らない被害者に不利になることがあるのである。このような制度設計そのものに、大きな疑問を感じざるを得ない。

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    本連載は、2015年12月21日刊行の書籍『虚像のトライアングル』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

    虚像のトライアングル

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    平岡 将人

    幻冬舎メディアコンサルティング

    自賠責保険が誕生し、我が国の自動車保険の体制が生まれて約60年、損害保険会社と国、そして裁判所というトライアングルが交通事故被害者の救済の形を作り上げ、被害者救済に貢献してきたが、現在、その完成された構図の中で各…

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