前回は、事業承継における「後継者の意識付け」の問題を取り上げました。今回は、後継者の「キャリア設計」について見ていきます。

後継者を新卒で入社させるメリット・デメリット

事業承継における最大の課題は、次の経営を担う経営者をいかに養成するかです。後継者の育成においては、後継者にどのような仕事経験を与えて、その仕事経験からどのような教訓を学ばせるかが重要となります。

 

現経営者は、後継者のファミリービジネスへの入社にあたって、新卒で入社させるか、又は他社を経験させて入社させるかを検討せねばなりません。以下、双方の利点と欠点について考察することにしましょう。

 

最初に、後継者を新卒で入社させる場合について考えていきましょう。

 

新卒入社における利点は、後継者が自社の慣習に早くから馴染むことが出来ることです。結果として、早い段階から先代世代の経営幹部や従業員から受入れられやすいことがあげられます。また、自社における特殊能力(他社にない専門的な技術など)も身につけることができる点があげられます。

 

他方、欠点も存在します。他社経験がない分、後継者は自社の慣習やしきたりを絶対視してしまうあまり、思考や行動が保守的になりやすい傾向があります。

後継者を他社経験後に入社させるメリット・デメリット

次に、後継者を他社経験後に入社させる場合について考えていきましょう。

 

他社経験後の入社における利点は、後継者が自社以外の多様な価値観を学び自社に持ち込んでくれる可能性があることです。先代世代との間で多様な価値観をぶつけ合うことは、イノベーションの発露にも繋がります(第1回連載参照)。また、多様な価値観を醸成できることは、後継者に自社を客観的に見る力を養成することにも繋がります。

 

他方、他社経験後の入社にも欠点があります。それは、自社の慣習やしきたりを重んじる先代幹部や従業員に対して、後継者が他社経験を誇示しすぎると、仕事上の距離感が生じてしまうことです。仕事上の距離感の発生は、後継者が仕事をしにくくなることに繋がります。

 

【図表 後継者の入社時期の比較】

出所:Barach et al.(1988)の表2(p. 53)を筆者が訳出、一部加筆修正の上、引用。
出所:Barach et al.(1988)の表2(p. 53)を筆者が訳出、一部加筆修正の上、引用。

自社の経営戦略や後継者の将来性も十分に勘案

後継者の入社前経験の設計では、新卒か、他社経験後かという二元論で考えるのはあまり意味がありません。自社の業種や経営環境の状況等に応じて、様々な選択肢を検討する必要があります。逆に言えば、将来の事業承継が予定されている後継者だからこそ、一般的なキャリア・リスク(例えば日本の場合、離職期間の長さ、転職の回数等)を考慮することなく、変幻自在に後継者の入社前経験の設計ができるといえるでしょう。

 

例えば、将来の海外への新市場開拓を検討している企業であれば、後継者を海外に留学させて、現地の文化や習慣を身につけさせるということもできます。あるいは、後継者に重要な取引先を深く理解させるために、一定期間、後継者を取引先に入社させる方法もあるでしょう。

 

さらには、後継者を家業に新卒入社させて少し経験を積ませた後、社会人大学院(MBA)で学ばせて家業における仕事の意味を内省させることも良いかもしれません。後継者のキャリア設計は、自社の経営戦略や後継者の将来性を勘案しつつ、多元的、多角的かつ多面的に検討していくことが重要となります。

 

<参考文献>

『事業承継のジレンマ:後継者の制約と自律のマネジメント』(落合康裕、白桃書房、2016年)
Barach, J. A., Gantisky, J., Carson, J. A., & Doochin, B. A. (1988). ENTRY OF THE NEXT GENERATION- STRATEGIC CHALLENGE FOR FAMILY BUSINESS. Journal Of Small Business Management, 26(2), 49-56.

本連載は書下ろしです。原稿内容は掲載時の法律に基づいて執筆されています。

事業承継のジレンマ

事業承継のジレンマ

落合 康裕

白桃書房

【2017年度 ファミリービジネス学会賞受賞】 【2017年度 実践経営学会・名東賞受賞】 日本は、長寿企業が世界最多と言われています。特にその多くを占めるファミリービジネスにおいて、かねてよりその事業継続と事業承継が…

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